著者:辻本 直秀 氏 (写真)1),阿部 浩明 氏 1),大鹿 糠徹 氏 1),大橋 信義 氏 1),髙橋 梓 氏 1),西城 智絵 氏 1)
1)財団法人 広南会 広南病院 リハビリテーション科
Keywords: 脳卒中,Contraversive Pushing,Subjective Visual Verticality
【はじめに】
自覚的視覚的垂直位(Subject Visual Verticality:以下,SVV)とは,物体が垂直か否かを視覚的に判断する能力である。脳損傷後にはSVVの偏倚が生じ1‐3 ) ,この偏倚はバランス障害の一要因として推察されている4‐6 ) 。また,右半球損傷例ではSVVの偏倚が長期間に及ぶこと4 ) や,右半球損傷後に多くみられる半側空間無視(Unilateral Spatial Neglect:以下,USN)の関与3, 4, 7, 8 ) が報告されており,SVVの偏倚には半球間で差異が存在することが知られている。近年,脳損傷後の特徴的な姿勢定位障害であるContraversive Pushing(以下,pushing)においても,その異常姿勢の背景としてSVVの調査が行われている9‐14 ) 。しかし,pushing例におけるSVVの関与については報告者により結論が異なり,未だ明らかになっていない。我々は,この背景に脳損傷後のSVV偏倚の半球間差異が関与していると仮説した。
本研究の目的はpushingを呈した右半球損傷例と左半球損傷例のSVVを調査し,SVVの半球間差異を明らかにし,pushing例のSVVに関与する要因を抽出することである。
【対象】
対象はScale for Contraversive Pushing(以下,SCP)(表1)にて各下位項目>0を満たす初発脳卒中片麻痺患者(テント上病変)とした。意識障害(JCS:10以上)を呈する者,重度の注意障害や失語症,精神障害を呈する者,重度の視力,視野障害を呈する者,前庭機能障害の既往や眩暈の訴えがある者は対象から除外した。これらの除外基準に該当せず,SVVの測定が可能であったpushing例14名を対象とした。右半球損傷患者(Right Hemispheric Lesion:以下,RHL群)は9名(性別:男性6名 女性3名,病型:脳梗塞2名 脳出血7名),左半球損傷患者(Left Hemispheric Lesion:以下,LHL群)は5名(性別:男性4名 女性1名,病型:脳梗塞1名 脳出血4名)であった。また,Edinburgh Handedness Inventoryにて全例が右利きであることを確認した。
表1 Clinical assessment Scale for Contraversive Pushing 文献18)より引用
(A)姿勢 自然に姿勢を保持した際にみられる姿勢の左右対称性について |
---|
Value 1 =麻痺側にひどく傾斜しており麻痺側へ倒れてしまう Value 0.75 =倒れるまではいかないがひどく麻痺側へ傾いている Value 0.25 =軽く麻痺側へ傾いているが転倒しない Value 0 =傾いていない |
(B)伸展と外転(押す現象) 非麻痺側上肢もしくは下肢により押す現象の出現について |
Value 1 =座位や立位で静止しているときから,既に押す現象がみられる Value 0.5 =姿勢を変えたときだけ押す現象がみられる Value 0 =上肢または下肢による押す現象はみられない |
(C)抵抗 身体を他動的に正中位に修正したときの抵抗の出現について |
Value 1 =正中位まで修正しようとすると抵抗が起きる Value 0 =抵抗は出現しない |
これらの3項目を座位と立位で評価する。Pushingがない場合は0点,最重症の場合は6点となる。
【方法】
SVVの測定は,静かな暗室で,車いす座位で実施した。直径20cmの円盤に幅1cmの発光シールを張り付けた装置を用意した。円盤の中心を被検者の目の高さで前方約50cmに設置した。発光シールを左または右方向へ45°以上傾斜させた位置から,円盤の側面に取り付けた紐を非麻痺側上肢で操作することでロッドを垂直にする課題を実施し,垂線からの誤差角度を測定した。課題は各方向を2回ずつ,計4回施行し,絶対値の平均(以下,SVVam)と標準偏差(以下,SVVsd)を算出した。また,SVVの偏倚に影響を与える可能性があると予想した年齢,発症後期間,Stroke Impairment Assessment Set(以下,SIAS)の上下肢運動機能項目,下肢感覚項目の各合計点,SCP,BIT行動性無視検査日本語版の星印抹消試験の点数も基礎パラメーターとして評価した。
統計処理は,RHL群とLHL群のSVV及び基礎パラメーターをMann-Whitney U検定,t検定を用いて比較した。また,SVVの偏倚に関与する因子を抽出するために,SVVと基礎パラメーターとの相関をSpearmanの相関係数を用いて検討した。有意水準は5%未満を統計学的に有意とした。
【結果】
RHL群とLHL群における基礎パラメーターの比較においては,星印抹消試験の点数(RHL群:43.7±9.7,LHL群:52.4±1.8)にのみ統計学的有意差がみられた(表2)。SVVの比較においては,SVVam (RHL群:4.4°,LHL群:1.4°,p <0.05),SVVsd(RHL群:3.0°,LHL群:0.9°,p <0.05)の両方で統計学的有意差がみられた(図1)。またSVVと基礎パラメーター間における相関については,RHL群のSVVam(r=0.91,p<0.01)とSVVsd(r =0.68,p <0.05)はともにSCPの点数にのみ統計学的に有意な正の相関を示した(図2)。
表2 RHL群とLHL群の基礎パラメーターの比較
RHL群(n=9) | LHL群(n=5) | ||
---|---|---|---|
年齢 | 66.1 ± 8.8 歳 | 70.4 ± 9.3 歳 | n.s. |
発症後期間 | 21.8 ± 15.6 日 | 19.6 ± 15.5 日 | n.s. |
SIAS(運動機能) | 4.9 ± 4.2 | 5.6 ± 6.1 | n.s. |
SIAS(感覚) | 2.2 ± 1.3 | 2.4 ± 2.1 | n.s. |
SCP | 3.8 ± 2.1 | 3.5 ± 1.4 | n.s. |
星印抹消試験 | 43.7 ± 9.7 | 52.4 ± 1.8 | p < 0.05 |
【考察】
本研究の結果は,pushing例のSVVには半球間差異が存在し,RHL群ではよりSVVが偏倚し,標準偏差も高値であった。SVVの偏倚には先行研究8, 15, 16 ) より半側空間無視や感覚障害の重症度の関与が報告されている。しかし,これらの因子の関与はみられず,RHL群のSVVはpushingの重症度とのみ相関を示した。この結果は,pushingという姿勢定位障害が,SVVの偏倚と何らかの関連を有することを示唆するものと推察される。
Pushingを呈するRHL例へのアプローチにおいては,既に複数の報告9, 12, 17 ) がある身体的な垂直位のような自己中心的空間参照の異常のみならず, SVVのような外部中心的な空間参照においても何らかの異常が生じていることを考慮する必要性があるかもしれない。
●文献
1)Birch HG, et al.:Perception in hemiplegia: I. Judgment of vertical and horizontal by hemiplegic patients.Arch Phys Med Rehabil.1960; 41: 19-27.
2)Brandt T, et al.:Vestibular cortex lesions affect the perception of verticality.Ann Neurol..1994; 35: 403-12.
3)Yelnik AP, et al.:Perception of verticality after recent cerebral hemispheric stroke.Stroke.2002; 33: 2247-53.
4) Bonan IV, et al.:Evolution of subjective visual vertical perturbation after stroke.Neurorehabil Neural Repair.2006; 20: 484-91.
5)Bonan IV, et al.:Subjective visual vertical perception relates to balance in acute stroke.Arch Phys Med Rehabil.2006; 87: 642-6.
6)Bonan IV, et al.:Influence of subjective visual vertical misperception on balance recovery after stroke.J Neurol Neurosurg Psychiatry.2007; 78: 49-55.
7)Kerkhoff G:Multimodal spatial orientation deficits in left-sided visual neglect.Neuropsychologia.1999; 37: 1387-405.
8)Saj A, et al.:Subjective visual vertical in pitch and roll in right hemispheric stroke.Stroke.2005; 36: 588-91.
9)Karnath HO, et al.:The origin of contraversive pushing: evidence for a second graviceptive system in humans.Neurology.2000; 55: 1298-304.
10)Saj A, et al.:The visual vertical in the pusher syndrome: influence of hemispace and body position. J Neurol.2005; 252: 885-91.
11)Johannsen L, et al.:Subjective visual vertical (SVV) determined in a representative sample of 15 patients with pusher syndrome.J Neurol.2006; 253: 1367-9.
12)Pérennou DA, et al.:Lateropulsion, pushing and verticality perception in hemisphere stroke: a causal relationship? Brain.2008; 131: 2401-13.
13)Paci M, et al.:The subjective visual vertical in patients with pusher behaviour: a pilot study with a psychophysical approach.Neuropsychol Rehabil.2011; 21: 539-51.
14)Baier B, et al.:Pusher syndrome: its cortical correlate.J Neurol.2012; 259: 277-83.
15)Barra J, et al.:Asymmetric standing posture after stroke is related to a biased egocentric coordinate system.Neurology.2009; 72: 1582-7.
16)Pérennou DA, et al.:Understanding the pusher behavior of some stroke patients with spatial deficits: a pilot study.Arch Phys Med Rehabil.2002; 83: 570-5.
17)Barra J, et al.:Perception of longitudinal body axis in patients with stroke: a pilot study.Neurol Neurosurg Psychiatry.2007; 78: 43-8.
18)阿部浩明:Contraversive pushingの評価と背景因子を踏まえた介入.理学療法研究.2011; 28: 10 -20.