著者:久郷 真人 氏(写真)1),谷口 匡史 氏1),小島 弓佳 氏1),前川 昭次 氏1),三村 朋大 氏(MD)2),川崎 拓 氏(MD)3)
1)滋賀医科大学 医学部附属病院 リハビリテーション部
2)滋賀医科大学 医学部附属病院 整形外科学講座
3)滋賀医科大学 医学部附属病院 リハビリテーション科
Keywords: 人工股関節全置換,歩行能力,立ち上がり能力,膝伸展筋力
【はじめに】
人工股関節全置換術(Total Hip Arthroplasty:以下,THA)は関節の痛みを除去し,歩行機能,QOLを向上させる効率的な治療介入である.近年では,最小侵襲手術(Minimally Invasive Surgery:MIS)などの手術手技の改良やクリティカルパスの導入により平均在院日数が短縮されている.
一方で,退院時には身体機能の回復が不十分であり,十分なリハビリを受けられないまま在宅での生活を余儀なくされる患者も少なくない.
したがって,限られた期間での機能回復が望まれ,より効果的な理学療法介入が重要である.
そこで,本研究の目的は,初回THA患者における退院時の歩行能力に影響を与える因子を明確にすることで,入院中の理学療法展開の一助とすることである.
【対象と方法】
対象は2011年10月から2012年8月までの間に初回THAを施行した末期変形性股関節症患者41名41股(男性6名,女性35名,平均年齢66.9±10.4歳,身長152.4±8.6cm,体重55.6±12.3kg,BMI23.3±4.0kg/m2,日本整形外科学会股関節機能判定基準49.6±14.6点)とした.
侵入方法は全例前側方侵入であり,Dall法7名,Mini-one anterolateral incision法34名であった.全例術後は当院クリティカルパスに準じて同様の理学療法を行い,退院時に術側下肢筋力と運動機能を測定した.下肢筋力評価では,術側股関節屈曲・外転・伸展筋力,術側膝関節伸展筋力の最大等尺性筋力を測定した.
股関節筋力はHand-Held Dynamometer ISOFORCE GT-300 (OG技研社製),膝関節伸展筋力はISOFORCE GT-360(OG技研社製)にて筋力を各々2回測定し,最大値を採用しトルク体重比(Nm/kg)を算出した.
また,運動機能には5回立ち座りテスト(5 times Sit-To-Stand test;以下,STS)およびTimed up & Go test(以下,TUG)を用いた.STSは40cmの椅子から5回立ち座りを行う際に要した時間を計測した.それぞれの実施条件としてできるだけ素早く行うように指示した.
各測定はそれぞれ2回ずつ行い最小値を用いて解析を行った.各測定値から,退院時TUGに影響を与える因子を抽出するために,退院時TUGと年齢,BMI,術側股関節屈曲・外転・伸展筋力,術側膝伸展筋力,STSの全7項目との関連を相関分析およびステップワイズ重回帰分析を用いて検討した.有意水準は5%未満とした.
【説明と同意】
対象者には本研究の趣旨を説明し,十分に理解が得られたのち同意を得て実施した.
【結果】
退院時運動機能を表.1に示す.
退院時TUGと年齢,術側股関節外転筋力・伸展筋力,術側膝伸展筋力,STSとの間に有意な相関関係が認められた(表.2).さらに,重回帰分析の結果,退院時TUGを決定する要因として第1にSTS(β=0.41),第2に術側膝伸展筋力(β=-0.339)が選択された(表.3).
【考察】
術後早期のTHA患者における歩行能力評価としてTUGは広く一般的に用いられており,術後6カ月時点での健康関連QOLや歩行能力の予測指標になる1)2).
今回,初回THA患者の退院時TUGに影響を与える因子を検討した結果,STSと術側膝伸展筋力が抽出された.STSは下肢全体の筋力を反映しているとされ,本研究でもTUGと立ち上がり機能とには中等度の相関関係が認められたことから,立ち上がり機能は下肢全体としての筋力やTHA術後患者の歩行能力を反映するとことが示唆された.
また,術後半年における歩行機能には股関節外転筋力が重要である3)4)ことは明らかだが,術後早期では歩行時術側股関節筋力の発揮が不十分5)6)であり,退院時には股関節筋力よりも機能代償としての術側膝伸展筋力の寄与が歩行能力に影響を及ぼすことが明らかとなった.
初回THA後退院時の歩行能力の向上には,股関節機能のみではなく全身としての立ち上がり能力や術側膝伸展筋力への治療介入が重要であることが本研究では明らかとなった.
●参考文献
1)吉倉孝則,他:退院時のtimed up and go testは人工股関節全置換術後6カ月のQOLを予測する.Hip Joint 2012,38:170-172
2)Nankaku M,Tsuboyama T,et al:Prediction of ambulation ability following total hip arthroplasty.J OrthopSci 2011,16:359-363.
3)Foucher KC,Hulwitz DE.et al: Preoperative gait adaptations persist one year after surgery in clinically well-functioning total hip replacement patients.J of Biomechanics 2007,40:3432-3437.
4)Beaulieu ML.Lamontagne M.et al:Lower limb biomechanics during gait do not return to normal following total hip arthroplasty.Gait & Posture 2010,32:269-273
5)Miki H,Sugano N,et al:Recovery of walking speed and symmetrical movement of plvis and lower extremity joint after unilateral THA.J Biomech 2004,37:443-455.
6)Shrader MW.Bhowmik-Stoker M.et al:Gait and Stair Function in Total and Resurfacing Hip Arthroplasty.A Pilot Study.Clin Orthop Relat Res 2009,467:1476-1484