著者:橋本 紀子 氏(写真)1),石井 清久 氏2),田中 利徳 氏1)
1)佐賀整肢学園こども発達医療センター リハビリテーション科
2)佐賀整肢学園こども発達医療センター 小児科
Keywords: 発達障害,読み書き障害児童・生徒,認知特性評価
【はじめに】
当施設では、平成20年から、通常学級に在籍する児童・生徒の読み書き相談ケースが来院し始めた。その中で最も多かった「漢字書字に問題を持つ児童・生徒」について、支援に必要な認知特性を分類した。また、知能検査を活用した漢字書字障害「評価と対応」までの階層表を作成した。
【対象】
漢字書字障害の相談者はこれまでに16例(学年は図1を参照、女子は1例)。漢字書字において2学年以上の遅れがあるケースで、全例が通常学級に在籍し、注意欠陥多動性障害(以下ADHD)の診断を受けている(うち3例は広汎性障害を重複)。WISC-Ⅲ知能検査による対象児の平均知能は表1の通りで「平均の下」の域であった(1例を除いて薬物療法開始前に実施した)。
【アセスメント】
アセスメントは迅速な対応につながるよう考慮した。宇野(1)、奥谷ら(2)、石井ら(3)は、漢字書字には視覚情報処理能力が関与する事を伝えている。そこでWISC-Ⅲの、特に動作性検査を基本検査として整理し、仮説を立て、そこから実際の漢字書字テストや、必要に応じて掘り下げテストを実施し、WISC-Ⅲで得られた仮説の確認をした。WISC-Ⅲは教育現場等でも既に実施されているケースが多く、それを活用することは迅速な対応に有効であった。
【対応事例の紹介】
ケースは小3男児、ADHDの不注意タイプ。忘れ物が非常に多い。漢字書字に関する情報としては「視写の際の見誤りが多い」「書き順不良」「2年生以来たくさんの漢字が出てきて嫌になったという苦手意識」があり、また学校担任から、忘れ物ひとつに漢字1ページの罰が出されるという、もともと苦手だった漢字が「罰のイメージ」に転化するエピソードを持っている。当時、漢字テストの得点は1割未満であった。
指導形態は、セラピストが評価とメニューを作成しそれに基づいて家庭で保護者が指導する「養育指導」の形態で、評価・指導を含めて5回実施した。開始前に既に学校で実施されていたWISC-ⅢではIQ・群指数共に正常域であるが、下位検査の「積木模様」と「組合せ」が低下していた(図2)。
【経過】
1回目;実際の漢字書取を実施。漢字の横棒の数や点の有無、反転など、見本の見誤りがあり、誤りを指摘して見本をじっくり観察させても自分の間違いに気がつかない(図3)。WISC-Ⅲの「積木模様」「組合せ」の落ち込みから視覚認知低下が原因と仮説を立て、フロスティッグ視知覚発達検査を実施し「図形と素地」「空間関係」(図4)の低下を確認。家庭課題として視知覚練習問題を出す(図5)。また検査上では出なかったが日常の不注意症状も見誤りに影響していると考えて視覚注意課題(図6)を追加。
出典;フロスティッグ視知覚練習帳、学研ドリル
2回目;WISC-Ⅲの「視覚記憶」は良好だが、念のため家庭課題で漢字の定着度合いを確認した。その際、最初に注意深く視写をさせ間違いは確実に訂正させた。苦手意識を払拭させるために練習漢字は1日5単語に限定。定着には問題がなかった。やればできることを実感させ、自信を回復させた。
3回目;フォロー。視写がうまくいかないことがあるものの筆圧が上がり字体が以前よりきれいになった(図7)。報酬がなくても母が付き添って学習することで意欲を見せ始めた。母から学校担任へ漢字を罰としないように申し出た。
4回目;フォロー。本人に「漢字書字が苦手だった」という自覚が芽生えた。漢字テストは5割以上を取るようになった。
5回目;フォロー。漢字テストで8割取るようになりクラス平均を上回ることも増えた。やる気が持続していたため養育指導終了。
※その後ADHD症状のために薬物療法を開始した。また担任との支援会議を開催し対応方針について学校へ伝達した。
このように、多くの検査に時間を費やすことなく、WISC-Ⅲの仮説から指導をスタートさせることで5回の指導で効果を上げることができたケースを体験した。このケースは「視空間位置関係や構成力のつまずき」とADHD症状からくる「視覚注意のつまずき」を端緒としていた。この2つの特性により、最初の漢字手本を見誤り、間違った漢字を覚えてしまって得点に至らなかったこと、そこから達成感をなくしやる気の喪失につながったことが考えられた。やみくもに書く練習だけを繰り返しても結果に至らなかったであろうケースのひとつと考える。
【認知特性の分類】
以上の事例のように迅速な対応をするためには、WISC-Ⅲを元に、漢字書字に影響する認知特性を推測することが第一歩であると考え、どういった分類ができるか16例で整理したところ以下のようになった。全体的な知的能力は平均水準の子供たちであるため、下位検査の「低下」を、評価点7以下と考え分類した(表2)。
※なお、これらの特徴は個人の中で重複して持っていることもあった。
この中で、『視覚注意困難型』はADHD児の主症状として表れやすく学習にも影響しやすいが、WISC-Ⅲ検査は1対1で個室で行うため検査結果に注意の問題が表れない場合も多い(上記事例も同じ)。つまり視覚注意の問題があっても「符号」と「記号探し」が揃って低下するとは限らない。従って結果の仮説は日常の様子も評価に含めて検討し、実像に応じたタイプ分類を行うことが重要になってくる。
『継次処理困難型』は16例中8例と多く、このタイプは例外なく書き順に問題があった。彼らは書き順で教育される事への苦手意識を持っていたり、書き順が一定しないために運動記憶が困難であったり、字体が変化し誤答になったりといった問題とつながっていた。奥谷ら(2)も漢字書字困難例として「継次処理能力に困難があるタイプ」を挙げており今回のタイプ分類と一致すると考えられた。
また唯一、言語性検査から「単語」を視点とした『話し言葉未発達型』を分類に追加した。関(4)は「漢字の読字においては「文字」と「音」を知っているだけでは不十分で「意味」を同時に想起する必要がある。このため語彙力が重要となる」と述べており、語彙力(話し言葉)が漢字読みへ、そして漢字読みが漢字書字へと影響することから、このタイプ分類の追加が必要であると考えた。
更に、覚えた漢字を記憶から取り出せない『漢字形態の想起困難型』が6例見られたが、これはWISC-Ⅲでは検出することが出来ずWISC-Ⅲ以外の他の検査法に頼る必要があった。強いて挙げれば、WISC-Ⅲの「絵画完成」は視覚長期記憶であり形態想起の力と捉えられるが、課題の解き方が全体を見て欠落箇所を探す、いわゆる"部分視"を利用しているため、漢字形態全体を無から想起する力の確認につながるとは言えない。『漢字形態の想起困難型』の児童は一旦はその字を学習しているため、部分視をさせるとすぐに全体を想起できる傾向を示していた。
【下位検査から対応までの階層表】
以上のタイプ分類にそれぞれの対応までを含めて階層表にしたものが図8である。これにより、WISC-Ⅲの結果から、ある程度、対応までを予測して早めに指導にあたる事ができるのではないかと考える。
【結語】
●参考・引用文献
(1)宇野彰・上林靖子(1998);「ADHDを伴い書字障害を呈した学習障害児」小児の精神と神経38(2) PP.122
(2)奥谷望・小枝達也(2011);「漢字書字に困難を有する児童の要因に関する研究」鳥取大学地域学部紀要8−2 PP.43−44
(3)石井麻衣・成基香ら(2004);「軽度発達障害児における漢字書字の学習経過に関する検討」東京学芸大学紀要1部門55 pp.169
(4)関あゆみ(2011);「母子保健から見た発達障害「学習障害」」母子保健情報63号 PP.12−13