著者:矢島 寛次郎 氏(写真)(言語聴覚士)
日本赤十字社 大森赤十字病院
Keywords: CGex,CIセラピー応用,末梢性顔面神経麻痺
CIセラピーは、西尾らによって一側性顔面神経麻痺者に対する機能的訓練として転用され、近年、その有効性が数多く報告されている。しかし、健側の運動を強制的に抑制し、患側の集中的な使用を原則とするCIセラピーは、実際の臨床では患者に掛かるストレスなどを含め、長続きしない症例も経験することがある。
そのため、顔面痙攣に合併した末梢性顔面神経麻痺に対して、CIセラピーの原則を取り入れ、ストレス軽減や簡易的に実施可能な、ガム噛み訓練(chewing gum exercise 以下 CGex)の訓練効果を検討した。
対象は、顔面神経麻痺を呈した顔面痙攣に対して頭蓋内微小血管減圧術を施行した患者4名(年齢64.5歳)を対象とした。また4名とも顔面痙攣に対して他院にてボツリヌス治療を実施しているが、治療後3カ月以上経過し、顔面痙攣が再発した症例である。
方法を以下に示す。CGexは健側の運動制限をしない代わりに患側にてガムを噛み、三叉神経支配の咀嚼筋運動を利用し、口角引きや閉眼運動を意識することで患側の顔面筋を強制使用するといった、CIセラピーの原則を取り入れた運動療法である。術後の身体的影響と顔面神経麻痺の回復状況をみるため、術後20日前後までは、顔面筋ストレッチや温熱療法のみリハビリを実施(リハビリ介入は術後5日前後)。また開始時は口角引きと共に閉眼運動も意識し、眼輪筋の患側の強制使用を促すが、異常共同運動の出現を注意しながら実施した。注意点は、口角引き時に患側の閉眼運動が誘発され共同運動を招き易いため、口角引きと閉眼運動は別々に実施した。また共同運動が出現しそうな場合は、口角引き時には上を見ながら実施する旨を説明した。さらに外来通院にて、定期的に共同運動評価を行いながら実施。
退院後は自主訓練(30~60分/日)を施行していただき、運動機能評価は初回時と外来時に柳原法を使用した。
結果は、柳原法による評価にて、症例1は初回時(術後7日)18/40点、最終時(術後60日)38/40点。術前評価は未実施。顔面痙攣発症は12年前であり、ボツリヌス治療後10カ月経過。また症例1のみ額の皺寄せでの前額筋に関しては、バイオフィードバック法にて実施。
症例2は初回時(術前)32/40点、最終時(術後68日)40/40。顔面痙攣発症は7年前であり、ボツリヌス治療後11ヵ月経過。術後院内での転倒により右硬膜下血腫(顔面神経麻痺は右側であり、右硬膜下血腫での顔面を含めた身体麻痺無し)のため、術後28日後よりCGexを開始。
症例3は初回時(術前)28/40点、最終時(術後54日)36/40点。顔面痙攣発症は2年前であり、ボツリヌス治療後3カ月経過。術後54日の時点にて、ボツリヌス治療後4カ月半と比較的経過が浅く、眼輪筋群ではボツリヌスによる一時的な麻痺の影響も考えられる。
症例4は初回時(術前)32/40点、最終時(術後146日)40/40点。顔面痙攣発症は9年前であり、ボツリヌス治療後4カ月経過。術後より手術の影響と考えられる顔面神経麻痺が認められ、術後33日目ではCGexの効果とともに自然治癒の可能性も考えられる。
本研究では、CGexにて咀嚼筋(三叉神経)の運動機能を利用し、CIセラピー(健側の不使用、患側の口角引きや閉眼運動の強制使用)を容易に運動学習が出来たことにより、継続した実施が可能となった。結果、術後から20日前後の顔面神経麻痺の改善に比べ、CGex開始後では同じ20日前後と比較して、明らかな顔面神経麻痺の改善が認められた。またSunnybrook評価表(Facial Grading System)における病的共同運動(抜粋)は認められなかった。
今回、顔面神経麻痺患者に対して、患側のみでガムを噛むといった、CIセラピーを応用したCGexを行い、全症例にて顔面神経麻痺の改善が認められ、実施内容にもストレスはなく、容姿に関しても満足する結果となった。このことより、CIセラピーの原則を取り入れ、患側にてガムを噛むことを利用したCGexの有効性が示唆された。
最後に、今回の末梢性顔面神経麻痺に対してのCGexの実施は、顔面痙攣に伴う慢性的な顔面神経麻痺を対象にしており、ベル麻痺やハント症候群などの急性期症状に対しての運動療法としては今後、検討が必要である。