著者:野々 篤志 氏(写真)1),伊澤 幸洋 氏2),野原 幹司 氏3),宮野 伊知郎 氏4),安田 誠史 氏4)
1) (独)国立病院機構高知病院リハビリテーション科
2)福山市立大学教育学部児童教育学科
3) 大阪大学歯学部付属病院顎口腔機能治療部
4) 高知大学医学部医療学講座
Keywords: 自立度変化,運動機能,認知機能,歯磨き,うがい
【はじめに】
口腔機能には咀嚼、摂食、構音表出など様々かつ広範な働きがあり、全身状態や日常生活の自立度に及ぼす影響も大きい。しかし、精神的、身体的に障害のある要介護高齢者では、健康的な口腔内環境を保持することは困難である。要介護高齢者が入院・入所する施設の多くでは、口腔ケア専門職は配置されていないのが現状で、介護者に依存するだけでは口腔ケアが進捗しないおそれがある。要介護高齢者自身が自立して歯磨きとうがいを施行することを促す方が、口腔ケア推進の現実的な方策である。そのためには、要介護者の歯磨きとうがいの自立度に関連する因子を明らかにし、それらに働きかける介入が必要になる。本研究は、専門的口腔ケアを受けていない療養病床の要介護高齢者を対象とした1年間の縦断研究で、観察開始時の身体機能および認知機能の水準と、歯磨きとうがいの自立度の維持改善との関連を検討した。
【対象と方法】
対象は2009年5月1日時点に高知市にある2つの介護療養型医療施設に入院していた患者55名のうち、1年後の2010年5月時点で追跡調査を実施できた43名であった(表1)。
筆者を含むコメディカルが、対象者の歯磨きとうがいの自立度をBDR指標によって、機能的自立度をFunctional Independence Measure(以下,FIM)によって、動作性認知機能をRaven's Coloured Progressive Matrices(以下,RCPM)によって評価した。
初回調査で歯磨きが自立していた者については、歯磨き自立維持群と歯磨き自立非維持群との比較を、初回調査で歯磨きが非自立であった者については、歯磨き自立度改善群と歯磨き自立度非改善群との比較を行なった。初回調査でうがいが非自立であった者については、うがい自立度改善群とうがい自立度非改善群との比較を行なった(初回調査時にうがいが自立していた者は2名しかいなかったので、うがい自立維持群とうがい自立非維持群との比較は行えなかった。)。それぞれの比較では、初回調査時の年齢、入院期間、RCPM得点、FIM合計得点、FIM運動得点、FIM認知得点、FIMそれぞれの項目得点の平均をMann-WhitneyによるU-testで比較した。
【結果】
1. 歯磨きの「自立維持群」13名(表2)は「自立非維持群」8名(表2)に比べて、RCPM(表4、12.1対3.6、p=0.010)、入院期間(表4、26.2対50.0、p=0.025) 、 FIM認知(表6、22.8対18.0、p<0.001)、FIM記憶(表6、4.0対2.1、p=0.010)の平均得点が高かった。また、FIM運動(表5) のどの項目の平均得点にも、有意な差は見られなかった。
2. 歯磨きの「自立度改善群」14名(表2)は「自立度非改善群」8名(表2)に比べて、FIM運動(表8、29.1対21.8、p=0.011)とFIM移動歩行(表8、3.0対1.0、p=0.021)の平均得点が高かった。また、RCPM(表7)などやFIM認知(表9)のどの項目の平均得点にも、有意な差は見られなかった。
3. うがいの「自立度改善群」18名(表3)と「自立度非改善群」23名(表3)との間には、RCPM(表10)など、FIM運動(表11)そしてFIM認知(表12)のどの項目の平均得点にも、有意な差は見られなかった。
【考察】
歯磨きが自立している要介護高齢者がその自立を維持することには、認知機能のレベルが関連することが明らかになった。視空間知覚能力、類推能力、注意機能、記銘力や見当識のレベルが高いと、自己管理能力や自発的自力行動が保たれ、歯磨きの自立の維持につながると考えられる。一方、歯磨きが非自立の要介護高齢者の自立度改善には、運動機能、特に歩行による移動のレベルが関連することが明らかになった。歯磨きを施行する場所への移動能力が歯磨きの自立度の改善に重要な役割を果たしていることを示すと考えられる。歯磨きが非自立の要介護者に対しては、歯磨きの施行を指導することと合わせて、移動能力の自立度の改善に取り組む必要がある。また、うがいの自立度変化は、運動機能や認知機能ではなく、発声発語器官の麻痺あるいは嚥下機能の重症度の変化に影響されたと考えた。
【結論】
標本数が小さいため、入院期間で層別する分析や、要介護の原因疾患別分析を行なえなかったという制約がある。しかし、療養病床に入院している要介護高齢者について、歯磨きが自立している場合は認知機能(理解、表出、記憶)に、歯磨きが自立していない場合は移動能力に注目する働きかけが必要なことを指摘でき、要介護高齢者の口腔ケアの自立を促す取り組みでの標的機能を具体的に明らかにできた。
●参考文献
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