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人工股関節全置換術(THA)患者の杖歩行獲得時期における早期群・遅延群の特徴について

著者:溝口 靖亮 氏(写真)1),浦川 宰 氏1),小澤 亜紀子 氏1),山副 孝文 氏1),関 さくら 氏1),名嘉 寛之 氏1),山中 徹也 氏1),蓮田 有莉 氏3),野原 広明 氏(MD)2),金 潤澤 氏(MD)2),間嶋 満 氏(MD)1) 
1)埼玉医科大学病院リハビリテーション科
2)埼玉医科大学病院整形外科
3)埼玉医科大学国際医療センターリハビリテーションセンター

PT-OT-ST Channel Online Journal Vol.1 No.4 A1 (Oct. 05,2012)

Keywords: THA,杖歩行獲得時期,術後入院期間

近年,急性期病院において診断群分類包括評価の導入により,入院期間が短縮傾向にある.THA術後の理学療法において,杖歩行や日常生活動作の獲得が退院の一つの目安となるが,入院期間の短縮に対応する為にはこれらの動作の獲得時期の早期化が必要である.本研究ではTHA術後理学療法施行例の杖歩行獲得時期の早期群・遅延群の比較を通して,その特徴を明らかにし,術後の杖歩行獲得時期の早期化ならびに術後入院期間の短縮について検討した.

対象は2010年12月から2011年7月に当院にて変形性股関節症に対してTHA(全例後側方侵入)が施行された21例21股(男性3名,女性18名,年齢62.0±8.2歳,杖歩行獲得日;術後21.0±7.1日)である.対象例では,術後に重篤な合併症が無く,当院におけるTHA術後プロトコル(術後入院期間4週)に従って理学療法を行い,杖歩行を獲得し自宅へ退院した.
対象例全例の杖歩行の平均獲得日である術後21日を基準に早期群11例(年齢61.8±7.6歳,術後14.4±3.8日.病期;末期10例.うち反対側THA 2例),遅延群10例(年齢63.1±9.2歳,術後24.1±6.7日.病期;全例末期.うち反対側THA 2例)に分類した.検討項目としては,表1に示した基本的項目7項目と測定項目5項目を採用し,早期群と遅延群でこれらの項目の値を比較した (two sample t-test,Mann-Whitney U-test;p<0.05).

表1:検討項目

基本的項目 測定項目(術後4週で測定)
○年齢[歳]
○BMI[kg/m2
○術後入院期間[日]
○術前の術側・非術側JOA およびJOA小項目[点]
○術前の術側・非術側大腿骨頭被覆率(AHI)[%]
○手術時間[分]
○術中出血量[ml]
○術側・非術側の股関節屈曲・外転ROM[度]
○腸腰筋・中殿筋・大腿四頭筋の等尺性筋力[N/kg]
○安静時・歩行時術側股関節疼痛(VAS)[mm]
○timed up and go test[秒]
○6分間歩行距離[m]

本研究の結果,基本的項目では術側AHI,非術側JOA,JOA小項目内では非術側ROM,歩行動作で,測定項目では術側股関節屈曲・外転ROM,非術側股関節屈曲・外転ROM, 術側中殿筋筋力,非術側中殿筋筋力,歩行時術側股関節疼痛で有意差を認めた(表2).疼痛の部位としては股関節前面に多い傾向にあった.なお,術後入院期間は両群間で有意差を認めなかった(早期群31.1±6.5/遅延群33.1±7.2日).

表2:基本的項目および測定項目の比較結果(p<0.05の項目のみ記載)

  早期群 遅延群
術側AHI[%]
72.5±12.7
58.6±11.3
非術側JOA[点]
75.9±7.2
56.1±17.9
JOA小項目 非術側ROM[点]
18.6±2.7
15.3±4.0
      歩行動作[点]
10.7±3.3
7.5±2.6
術側 屈曲ROM[度]
93.6±7.8
84.0±9.1
   外転ROM[度]
36.4±4.5
27.0±9.1
非術側 屈曲ROM[度]
112.5±15.3
88.5±24.9
    外転ROM[度]
35.5±8.6
25.5±12.6
術側 中殿筋筋力[N/kg]
2.3±0.6
1.7±0.4
非術側  中殿筋筋力[N/kg]
2.6±0.7
1.6±0.6
歩行時術側股関節疼痛[mm]
4.7±12.5
14.4±14.5

遅延群では術前の術側AHIが低値であったことから,術前における股関節の亜脱臼の程度が大きく,関節適合性も低下しており,早期群に比して,術前の中殿筋筋力低下がより大きかったことが推察された.これに加え,遅延群での術前の術側AHIが低値であることから術後の脚延長による軟部組織の伸張の程度が早期群に比して大きかったことが示唆され,このことが術後の術側股関節の疼痛や股関節ROM制限をきたし,術後の術側中殿筋筋力の改善にも影響したと推察された.更に遅延群では術前の非術側JOAにおけるROMの点数が低値であり,かつ術後の非術側股関節ROM制限や中殿筋筋力低下により支持性の低下をきたし,非術側下肢による術側下肢の代償が不十分となることが推察された.
以上の2つの要因(術後術側中殿筋筋力の低下,術後非術側下肢の支持性の低下)が杖歩行の獲得時期を遅延させたことと判断された(図1)

図1:考察のまとめ(遅延群の特徴)

以上の結果から,遅延群の杖歩行獲得時期を早期化するためには,術側・非術側の中殿筋筋力や術側股関節の疼痛を早期に改善することや,術前からの筋力トレーニング指導などの運動療法の工夫が必要である.一方,早期群については杖歩行獲得時期が早期であっても術後入院期間は遅延群と同等であった.その理由として当院のTHA術後プロトコルではADL練習(床移乗・入浴・靴下着脱動作など)開始時期を術後3週,術後入院期間を術後4週と定めている.このため,早期に杖歩行を獲得しても,ADL練習の開始は早期群・遅延群とも一律に術後3週後から行うことが多いため,両群間での入院期間には差が出なかったと思われる.今後,入院期間の短縮の為には早期群に合致した症例に対しては,ADL練習開始時期の早期化などの術後プロトコルの内容についても検討を加える必要があると考えられた.

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