ページの上へ戻る

トップ > ジャーナルハイライト > 大腿骨頚部/転子部骨折における摂食・嚥下障害
ジャーナルハイライト
ST
Article
PT-OT-ST Channel Online Journal Vol.2 No.5 A1(May. 10,2013)

大腿骨頚部/転子部骨折における摂食・嚥下障害

―摂食・嚥下機能と栄養の関係―

著者:保屋野 健悟 氏(写真)
JA長野厚生連小諸厚生総合病院 リハビリテーション科
key words:大腿骨頚部/転子部骨折,摂食・嚥下障害

【はじめに】
日本は、2007年に超高齢社会に突入し、それに伴い高齢者に多い疾患が増加している。大腿骨頚部骨折や大腿部転子部骨折がその中に含まれる。高齢の大腿部頚部/転子部骨折患者の場合、術後に合併症を起こす可能性が高く、内科的な合併症は肺炎と心疾患が多い2)。高齢者の肺炎のうち約7割は誤嚥性肺炎であるといわれており3)、高齢の大腿部頚部/転子部骨折患者の肺炎も誤嚥性肺炎である可能性が考えられ、摂食・嚥下障害の存在も疑われる。実際、当院でも、大腿骨頚部/転子部骨折後に摂食・嚥下障害を呈する患者を認めることが少なくない。当院では、言語聴覚士(以下ST)が介入し摂食・嚥下機能の評価、治療を行うが、患者の中に低栄養が疑われることが多い。近年、若林は4)リハビリテーション栄養を提唱し、摂食・嚥下障害においても考慮が必要な側面の一つとなってきている。大腿部頚部/転子部骨折に伴う摂食・嚥下障害に対してもこの概念に基づき解釈されるようになってきている5)。今回、大腿骨頚部/転子部骨折患者の摂食・嚥下機能と栄養の関係について検討したので若干の考察を加えて報告する。

【対象と方法】
2010年4月から2011年12月までに当院整形外科に入院した28名(男性12名、女性16名)を対象とした。平均年齢は、86.0±5.6歳、疾患は大腿骨頚部骨折12名、大腿骨転子部骨折16名であった。
診療録より、年齢、性別、経口摂取開始時・退院時の摂食・嚥下機能、入院・ST介入時・退院時のアルブミン(以下ALB)、ヘモグロビン(以下HGB)、炎症反応(以下CRP)、MNA-SFのプロフィール得点をピックアップし検討を行った。経口評価開始時、退院時の摂食・嚥下機能を藤島の摂食・嚥下能力グレード(以下Gr)にて評価を行った。MNA-SFは、0~7点を低栄養、8~11点を低栄養のおそれあり(At risk)、12~14点を栄養状態良好とした。

【結果】
ALBは、入院時は正常に近い値であったが、ST介入時には有意な低下がみられた。介入時に比べ退院時には改善がみられるが、入院時に比べ有意な低下が認められた。HGBは、ALBと同様の傾向がみられたが、退院時には、入院時と同様のレベルまで改善がみられていた(図1)

図1:栄養状態の経過(ALB、HGB)

CRPは、入院時に比べ介入時には有意に上昇を認め、退院時には有意な低下がみられた。入院時に比べ、退院時には有意に低下し改善がみられた(図2)

図2:CRPの経過

MNA-SFは、9割以上が低栄養で、STが介入した時点では、ほぼ全員が低栄養状態であった(図3)

図3:MNA-SFプロフィールの割合

ALBは、開始時、退院時ともにⅡ、Ⅲ、Ⅳ群では、介入時には低下認められるものの、退院時には上昇がみられた。一方、Ⅰ群では、退院時まで改善がみられず、入院時より低下がみられる(図4)

図4:嚥下機能とALBの関係

HGBは、開始時嚥下機能では、アルブミン同様、介入時には低下がみられ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ群では改善がみられ、Ⅰ群では低下がみられている。退院時の嚥下機能での比較では、全ての群でHGB値の改善がみられた(図5)

図5:嚥下機能とHGBの関係

CRPは、開始時嚥下機能では、介入時に上昇がみられ、退院時には低下していた。退院時の嚥下機能でも、介入時をピークに低下がみられるが、Ⅰ群では、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ群に比べ高値を示していた(図6)

図6:嚥下機能とCRPの関係係

【考察】
高齢の大腿骨頚部/転子部骨折患者では、受傷し入院後に摂食・嚥下障害を呈する可能性があることが示唆された。摂食・嚥下障害を呈する原因としては、受傷前からの脳卒中や神経疾患の既往や加齢に伴う摂食・嚥下機能の低下(presbyphagia,老嚥)が存在する可能性がある5)ことや骨折、手術などの侵襲に伴う代謝変化による嚥下筋のサルコペニア、低栄養が影響している5)と考えられる(図7)

図7:大腿骨頚部/転子部骨折とサルコペニア(文献5より引用.一部改変)

安定した経口摂取が可能となることにより、栄養状態や全身状態が改善される一要因であることが示唆され、摂食・嚥下障害を呈する大腿部頚部/転子部骨折患者に対するアプローチはリハビリテーションの面からだけではなく、栄養、薬剤など多方面からの包括的な管理が必要であると考えられる(図8)。また、退院時でも低栄養が是正されていないケースがみられることから、このような包括的な管理は退院後も継続されることが必要となるのではないかと思われる。

図8:大腿骨頚部/転子部骨折に対する包括的介入(文献5より引用)

●参考文献
1)日本整形外科学会診療ガイドライン委員会編:大腿骨頚部/転子部骨折治療ガイドライン,南江堂,2011,pp20-26.
2)寺本信嗣:誤嚥性肺炎の病体生理.呼吸器科10:160-166,2006.
3)鈴木聡美,田畑美織,村井邦彦ほか:高齢者大骨頸部骨折手術525症例の術前・術後合併症の検討.麻酔48:528-533,1999.
4)若林秀隆:リハビリテーション栄養 栄養ケアがリハを変える,医歯薬出版,2010,pp2-6
5)若林秀隆,藤本篤士編著:サルコペニアの摂食・嚥下障害 リハビリテーション栄養の可能性と実践,医歯薬出版,2012,pp145-149.