神経リハビリテーションにおけるパラダイムシフトへの挑戦
2)富山大学医学薬学研究部(医学)システム情動科学
3)富山大学医学薬学研究部(医学)神経・整復学
4)株式会社島津製作所
【はじめに】
脳血管障害などによって脳内システムに異常を来たし手足に麻痺が生じても、適切な神経リハビリテーションを介入することは、脳の可塑性(神経回路等の再構成)を促進し、再び実用性のある運動機能を取り戻すことが可能となる(Nudo, 2006)。具体的介入として、両側運動関連領野への非侵襲的な刺激(NIBS : Non-Invasive Brain Stimulation)と運動療法を併用することが、運動機能の回復には有効であり(Hummel et al., 2005)、生理学的メカニズムとして正常な半球間抑制を獲得することが重要であるとされている(Murase et al., 2004)。一方で近年では、理解や推論・学習といった高次な認知機能を司っている前頭前野が運動制御や運動学習にも重要な役割を担っている(Jenkins et al., 1994; Floyer-Lea and Matthews, 2004)との報告もある。本研究では、運動学習が必要なリハビリテーション課題中の前頭前野(前頭極)機能を明確にした上で、今後の神経リハビリテーション治療戦略の可能性を探りたい。
【方法】
1)実験1(ペグ課題の運動学習)
健常成人12名を対象に、ペグ課題の反復による行動変容(運動学習効果)および近赤外分光法(fNIRS : functional Near-Infrared Spectroscopy)による脳血行動態(Oxy-Hb, Deoxy-Hb, Total-Hb)を同時計測し、前頭前野を中心とした各関心領域(ROI : Regions Of Interest)における賦活化とネットワーク解析を行った。
2)実験2(ICAを用いた頭皮由来成分(ノイズ)の除去)
健常成人15名を対象に、小型NIRSキャップ(送光プローブ1個に対し受光プローブ5個を6 mm間隔で配置)で、前頭前野領域におけるペグ課題反復遂行中の血行動態を計測した。解析には独立成分解析(ICA : Independent Component Analysis)を用い、Oxy-Hb データを5個の独立成分に分離し、各チャンネル(Ch1-5)に占める頭皮由来成分を算出した(図1)。最終的に、頭皮由来成分を補正した脳由来反応量を前頭前野(前頭極)の脳活動量とし、ペグ課題との関連を解析した。頭皮由来成分(ノイズ)の除去には、対照課題が必要であるため、ペグを摘まないことを除きペグ課題と同じ動作を行なうリーチング課題を対照課題とした。
3)実験3(tDCS : transcranical Direct Current Stimulationによる介入)
健常成人12名を無作為に2群(刺激群、sham群)に分け、tDCS(陽極)で前頭前野(前頭極)を、tDCS(陰極)で後頭極を刺激(強度:1000 μA × 900秒間)し、刺激後におけるペグ課題の行動変容を比較検証した。
【結果】
実験1では、ペグ課題を反復遂行することでペグの移動本数は有意に増加し(図2)、運動学習中の前頭極におけるOxy-Hb 反応増加率とペグの移動本数増加率には、有意な正相関を認めた(図3)。また、前頭極におけるOxy-Hb反応潜時は最も早く(図4-A,B)、Oxy-Hb反応増加率と各ROIにおけるOxy-Hb反応増加率には、有意な正相関を認めた(図5)。
実験2では、前頭前野の補正前反応量および補正後反応量のいずれにおいても、ペグ課題はリーチング課題よりも有意に大きかった(図6,7)。また、脳由来成分のOxy-Hbの反応潜時は、頭皮由来成分よりも早く、脳由来成分のOxy-Hb反応増加率とペグの移動本数増加率には有意な正相関を認めた。なお、ペグ課題遂行中のCh5(プローブ間隔は3.0 cm)に含まれる頭皮由来反応量の割合は約30%であった。
実験3では、tDCS(陽極)群はsham群よりもペグの移動本数が有意に増加した(図8)。
以上の結果から、ペグ課題の運動学習中における前頭極は1) 他領域よりも反応が早く 2) 他領域と共に活動性が上がり 3) 課題依存的にパフォーマンスが向上すればするほど脳活動も上がることが分かった。さらに、4) 前頭極へのtDCSはペグ課題の運動学習を促進することが明らかとなった。
【考察】
我々が行ったICAを用いた頭皮由来成分(ノイズ)除去の割合は、先行研究結果(Ohmae et al., 2006)とほぼ同様の割合を示し、また、比較的簡便に行えることから今後のfNIRS測定において有用である。
前頭前野(前頭極)はペグ課題のような運動学習が必要な課題遂行には、運動関連領野と同等もしくはそれ以上に重要で中心的な役割を担っている可能性があり(Ishikuro et al., 2014)、前頭極へのtDCS(陽極)が運動学習を促進することからも、今後の脳卒中片麻痺患者に対する新しい神経リハビリテーション戦略として大いに期待できる。
●参考文献
1) Floyer-Lea, A., Matthews, P. M. (2004). Changing brain networks for visuomotor control with increased movement automaticity. J. Neurophysiol. 92, 2405-2412.
2) Hummel, F., and Cohen, L.G. (2005). Improvement of motor function wuth noninvasive cortical stimulation in a patient with chronic stroke. Neurorehabil Neural Repair.19, 14-9.
3) Ishikuro, K., Urakawa, S., Takamoto, K., Ishikawa, A., Ono, T., Nishijo, H. (2014). Cerebral functional imaging using near-infrared spectroscopy during repeated performances of motor rehabilitation tasks tested on healthy subjects. Front hum Neurosci.8:1-13.
4) Jenkins, I. H., Brooks, D. J., Nixon, P. D., Frackowiak, R. S., Passingham, R. E. (1994). Motor sequence learning: a study with positron emission tomography. J. Neurosci. 14, 3775–3790.
5) Murase, N., Duque, J., Mazzocchio, R., Cohen, L. G.(2004). Influence of interhemispheric interactions on motor function in chronic stroke. Ann Neurol. 55, 400-409.
6) Nudo, R. J. (2006). Mechanisms for recovery of motor function following cortical damage. Curr Opin Neurobiol. 16, 638-644.
7) Ohmae, E., Ouchi, Y., Oda, M., Suzuki, T., Nobesawa, S., Kanno, T., Yoshikawa, E., Futatsubashi, M., Ueda, Y., Okada, H., Yamashita, Y. (2006). Cerebral hemodynamics evaluation by near-infrared time-resolved spectroscopy: correlation with simultaneous positron emission tomography measurements. Neuroimage 29, 697-705.