高齢者消化器癌予定腹部手術後のせん妄の発症の予測因子について -作業療法士の視点から-
【はじめに】
一般外科領域での術後せん妄は発症率4.5~18%と比較的よくみられる合併症であり、看護師の負担増加・周術期合併症の増加・入院期間の延長・入院費の増大などを引き起こす1)。また、いくつかの報告で術後せん妄の予測因子として年齢などの種々の要素が挙げられている。我々は当院で消化器癌予定手術を施行した70歳以上の高齢者に対し、術前の認知機能評価が術後せん妄発症の予測因子となりうるかを検討し、リハビリの介入の必要性について考察したので報告する。
【対象・方法】
当院で2010年9月から2011年11月までの間に消化器癌予定手術を実施した患者のうち、入院中に化学療法を含む他の治療を受けなかった70歳以上の高齢者108人(男性:63人・女性:45人)を対象とした。ただし、今回の手術入院期間以外の化学療法の有無については除外条件には含めていない。認知機能評価試験として、言語性課題と動作性課題の両要素を評価できる簡易な知能検査であるMini-Mental State Examination(以下:MMSE)を術前に実施した。せん妄発症の判断はDST(Delirium Screening Tool)を基に医師が行った。なお統計学的有意差検定はマンホイットニのU検定を用い、p<0.05をもって有意差ありと判定した。
【結果】
術後せん妄を発症した患者は18.5%(108人中20人 内訳:男性17名・女性3名)であった。術後せん妄を発症した患者群(以下:D群)では、MMSE(13~30点・中央値24)・術後在院日数(9~80日・中央値16)、術後せん妄を発症しなかった患者群(以下:N群)ではMMSE(19~30点・中央値26)・術後在院日数(7~94日・中央値:13)で、D群とN群とを比較すると、MMSEの得点・男女比・術後在院日数で統計学的に有意差が認められた(表1・2)。
【考察】
本来、消化器腹部手術による四肢の運動機能低下は、超高齢者や長期臥床例を除きほとんどないとされる。しかし、術後せん妄は危険行動による外傷やドレーントラブル、また活動性低下による廃用性症候群など、患者の身体に直接影響する事象を引き起こし、それらが在院期間の長期化につながることがある。このことは現在のDPC下の医療でクローズアップされてきており、今回の調査でも、せん妄発症群は有意に在院期間が長期化していた。
MMSEは本来、認知機能のスクリーニング検査として活用されている2)が、今回の研究で消化器癌予定手術患者の術後せん妄発症の予測因子の一つとして、性別(男性)と共に有用である可能性が示唆された。一般的にMMSEで認知機能障害と判定されるのは23点以下であるが、今回の検討では術前25点以下(表3)から術後せん妄危険群として認識された(感度0.8、特異度0.58)。
せん妄は高次機能障害の一種と考えられており、今回の結果は、MMSE24-25点の患者群は、手術などの特殊な環境下で一時的に高次機能が低下する可能性があることを示しているのかもしれない。今後さらに他の予測因子も検討し、危険群を見極めることで①早期および集中的なリハビリ介入、②他職種との連携、による術後せん妄の予防、最終的に患者の良好な術後経過と在院期間の短縮に繋がるのではないかと考えられた。
●引用文献
1)山田孝充、山本直人、佐藤勉等:高齢者消化管手術後せん妄予測としての改訂長谷川式簡易知能評価スケールの評価。日臨外会誌、70(5):1249-1254.2009.
2)石合純夫 著:高次脳機能障害学:187.医歯薬出版.2003.