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ジャーナルハイライト
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PT-OT-ST Channel Online Journal Vol.1 No.2 A5 (Aug. 17,2012)

片麻痺患者が思い通りに動けるようになるまでに要する日数について

~Auto-estimaticsを用いて~

著者:田上 幸生 氏 (写真)1),西尾 幸敏 氏 2)
1)独立行政法人国立病院機構 関門医療センター
2)葵の園・広島空港
key words:Auto-estimatics,随意性,運動認知

片麻痺患者の随意性の低下は、麻痺のため思い通りに動かない「からだの問題」として普通は考えられがちだ。しかし慢性期で日常生活動作の自立している患者は、麻痺があるにも関わらず「思い通りに」動いておられる。つまり一般に随意性の改善というと身体機能の改善をイメージしやすいが、運動認知(*)の改善による場合もあることを我々はこれまでに報告してきた1)
(*)運動認知とは「ある状況ある課題下で、行為者が了解している行為者自身の運動結果」2)と定義されている。
つまり「思い通りに動く」ということは身体機能の改善による面と、運動認知の改善による「動き通りに思う」という面が重なり合った現象であると考えられる。したがって随意性を評価するにはこの両者に着目する必要があり、これらを同時に評価できるオートエスティマティクス(Auto-estimatics; AE)という評価法が1996年に西尾により考案された 2)。AEではある運動課題を実施するに際し、事前に行為者自身に「どの程度できると思うか」を見積もってもらうことにより運動認知を評価し、その後実際に課題を実施することにより身体機能を評価する。さらに運動認知と身体機能を比較することにより「どの程度思い通りに動けたのか」という随意性を評価できる。
AEの中でも代表的な跨ぎ課題の手順を以下に具体的に述べる;①被検者の爪先に置かれたテープを徐々に遠ざける(図1)被験者に、失敗せずに跨ぎ越せると思う一番遠い距離を見積もってもらい、これを見積り距離として計測する(図2)実際にそのテープを跨いでもらい、これを実際距離として計測する(図3)(図4)。バランスを崩すことなく、見積もった距離を跨ぎ越すことができれば課題は成功、つまり思い通りに動くことができたと考えられる。

図1,2,3,4

今回は、AEを用いて片麻痺患者の跨ぎ動作における随意性を経時的に評価し、健常者と有意差のないレベルに達するまでに要した日数について調査した。対象者は高次脳機能障害のない片麻痺患者55名で、歩行訓練開始時から50日間AE跨ぎ課題を実施した。コントロール群として、浦川らによって報告された371名の健常者データ3)の中から今回の対象者と年齢の近い55名のデータをピックアップし、両群の課題の成功率を比較した。
結果は、健常者の成功率99%に対し、片麻痺患者では歩行訓練開始時の30.4%から徐々に改善し、最高では100%を示した。統計学的には歩行訓練を開始した1日目から17日目まで、20日目から24日目まで、30日目および32日目において、健常者との間に有意差が認められた。つまり、歩行訓練開始後18日目で初めて健常者と有意差のないレベルの成功率を達成し、その後若干の上下動を経て、33日目以降は有意差のないレベルを維持した。(図5)

図5:成功率の経時的変化

今回の結果から、片麻痺患者は歩行訓練開始から概ね30日前後で、跨ぎ動作に関しては健常者とほぼ同程度に思い通りに動けるようになったと考えられる。片麻痺という身体の大きな変化によって混乱した運動システムは、段階的に可能な範囲での多様な運動経験をしていく中で世界との関係性を再構築していく。初期には低い成功率が、上下動しながら徐々に改善し安定していく様子は、この過程を反映しているものと思われる。
片麻痺患者がどの程度思い通りに動けるのか、そしていつ頃から思い通りに動けるようになるのか、といったことに関する報告は極めて少ない。今回の結果も限定された課題・条件下でのものではあるが、人の運動システムの特徴を理解する一助となり、理学療法プランを立てる際の参考になれば幸いである。

●参考文献
1)田上幸生 他:麻痺側下肢の随意性に関する一考察~Auto-estimatics(オートエスティマティクス)を用いて~.第15回中国ブロック理学療法士学会学会誌:66-67,2001.
2)西尾幸敏:実用理論辞典-道具としての理論(その5).上田法研究会会誌 Vol.8 No.3,1996.
3)浦川純二 他:健常者のAuto-estimatics評価における運動認知能力検討.理学療法学28(supple2):27,2001.