ページの上へ戻る

トップ > ジャーナルハイライト > 路面素材の違いが高齢者の歩行時の体幹動揺、下肢への衝撃に与える影響
ジャーナルハイライト
PT
Article
PT-OT-ST Channel Online Journal Vol.3 No.7 A1(Jul. 11,2014)

路面素材の違いが高齢者の歩行時の体幹動揺、下肢への衝撃に与える影響

著者:足達 大樹 氏(写真)1),西口 周 氏1)2),谷川 貴則 氏1),山岡 彩加 氏1),堀田 孝之 氏1),田代 雄斗 氏1),山田 実 氏1),青山 朋樹 氏1)
1) 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻
2) 日本学術振興会特別研究員
key words:路面素材,高齢者,歩行,体幹,下肢

【目的】
近年、高齢者の歩行特性を明らかにするため、3軸加速度計を用いて歩行時の体幹動揺を定量化する研究が多く報告されている1) 2)。体幹動揺の増大は転倒等につながり、路面の形状や摩擦力の変化によって増大することが報告されている3)。しかし、体幹動揺が歩行を行う路面素材の硬さによって変化することを検討した研究は少ない。一方、先行研究によると靴の摩耗等が下肢に対する衝撃を変化させることが報告されているが4)、体幹動揺と同様に路面素材による変化を報告した研究は少ない。そこで、本研究の目的は路面素材の違いによる高齢者の歩行時の体幹動揺と下肢への衝撃を明らかにすることである。

【方法】
地域在住の高齢女性14名(74.79±6.29歳)を対象とし、顕著な下肢疾患・疼痛を有する者は除外した。歩行路は固いリノリウム床および柔らかい人工芝10m(図1)とし、快適歩行を指示した。外果・腓骨頭・大腿骨外側上顆・第3腰椎棘突起(以下L3)周囲に3軸モーションセンサ(Micro Stone社製 MVP-RF-8、サンプリング周波数:200Hz)を弾性ベルトで取り付け3軸の加速度を計測した(図2)。各歩行路を十分練習歩行した上で測定は1回とした。加速度計のデータは外果部の波形からHeel contactを特定し、中央5歩行周期分を使用した。衝撃の指標として外果・腓骨頭・大腿骨外側上顆の鉛直上向きピーク値を平均した。また、L3の前後・垂直・側方方向のroot mean square(以下RMS)を算出し、先行研究2)に基づき歩行速度の二乗で除して体幹動揺の指標とした。統計解析は外果衝撃・腓骨頭衝撃・外側上顆衝撃・3方向における体幹動揺をリノリウム床と人工芝における差に対応のあるt検定を行い、有意確率は5%未満とした。

図1:歩行路の様子(左: リノリウム床 右: 人工芝)
図2:下肢およびL3 への加速度計装着例

【結果】
歩行中の下肢が受ける衝撃は、外果ではリノリウム床歩行時(2.84±0.76G)と比較して、人工芝歩行時(2.37±0.60G)。腓骨頭部ではリノリウム歩行時(3.72±1.04G)と比較し、人工芝歩行時(3.40±1.01G)。外側上顆ではリノリウム歩行時(2.32±0.66G)と比較して、人工芝歩行時(2.21±0.71G)であった(図3)。このうち外果のみに有意な差が認められた。体幹部の動揺に関しては前後、垂直方向においてリノリウム床歩行時と比較して、人工芝歩行時に有意に体幹の動揺が増大した(図4)

図3:二種類の路面による下肢への衝撃の変化
図4:二種類の路面による体幹動揺(RMS)の変化

【考察】
本研究における体幹の動揺性と外果が受ける衝撃の結果より、人工芝が高齢者の歩行時の足部への衝撃を和らげる一方で体幹の動揺を増大させる素材であることが示唆された。先行研究では不整地を歩行した際に体幹動揺が増大するという報告2)があるが、本研究でも固く安定したリノリウム床と比べ柔らかい人工芝上を歩行することは、下肢の筋力やバランス感覚が低下した高齢者にとって体幹動揺、すなわち重心の動揺を増加させることが明らかとなった。特に前後方向において二つの路面の間に大きな差が見られたが、これは柔らかいマットだけでなく人工芝による踵接地時における足底と路面の摩擦力の変化等も関係していると考えられる。一方下肢への衝撃について先行研究では、靴のソールを厚くすることで下肢への衝撃が減少するという報告3)があるが、本研究でも柔らかい人工芝上を歩行することで同様の結果が得られた。外果以外の部位では衝撃の変化が見られなかった理由として、衝撃緩衝には靴や路面など外部の緩衝素材に加え、骨周囲の脂肪組織や骨の組成に加え、筋肉の遠心性収縮など生体がもつ衝撃緩衝作用が考えられる。すなわち外果周囲では接地する路面の素材が衝撃緩衝作用の重要な一因となったのに対して、腓骨頭、外側上顆など膝関節周囲では筋の作用など生体の衝撃緩衝作用が大きく働いたためリノリウム床と人工芝の間に有意な差が生じなかったと想定される。

【展望と課題】
本研究によって、路面素材の固さによって歩行時の体幹動揺や下肢に与える衝撃が変化することが示唆された。今後は足部に疼痛を有する高齢者や、運動機能が低下している高齢者で同様の実験を行うこと、より多様な路面で同様の実験を行うことで、比較対象を広げる必要がある。またそれらの路面での継続的な運動が、高齢者の足部の疼痛などに対しどのような影響を与えるか検討する必要がある。

【謝辞】
本研究を行うにあたり、測定にご協力頂きました被験者の皆様に深謝致します。

●参考文献
1) Rolf Moe-Nilssen et al:Trunk accelerometry as a measure of balance control during quiet standing :Gait and Posture 16(2002) 60-68
2) Hylton B. Menz et al: Acceleration patterns of the head and pelvis when walking on level and irregular surfaces: Gait and Posture 18 (2003) 35-46
3) Daniel S. Marigold et al: Age-related changes in gait for multi-surface terrain: Gait & Posture 27 (2008) 689–696
4) 齋藤誠,他: 靴底の摩耗が高齢者の歩行中の下肢に与える影響: 人間工学 43-5(2007.10) 245-251