ページの上へ戻る

トップ > ジャーナルハイライト > 受傷前屋内歩行レベルであった大腿骨近位部骨折症例における術後血清アルブミン値の推移と歩行能力に関する検討
ジャーナルハイライト
PT
Letter
PT-OT-ST Channel Online Journal Vol.3 No.3 L1(Mar. 07,2014)

受傷前屋内歩行レベルであった大腿骨近位部骨折症例における術後血清アルブミン値の推移と歩行能力に関する検討

著者:江渕 貴裕 氏(写真)1),荒畑 和美 氏2),太田 隆 氏1),時村 文秋 氏3)
1)東京都健康長寿医療センター リハビリテーション科
2)東京都心身障害者福祉センター 地域支援課
3)東京都健康長寿医療センター 整形外科
key words:大腿骨近位部骨折,血清アルブミン値,歩行能力


大腿骨近位部骨折を受傷する症例の多くは転倒を契機としており,転倒の危険因子には筋力低下,バランス能力の低下,視力の低下,認知症などが挙げられている1)2)3).また,実際に入院してくる大腿骨近位部骨折症例では著しく痩せている症例や,栄養の指標の一つである血清アルブミン値(以下,Alb値)の低い症例が散見され,低栄養状態が転倒,骨折の背景にあることが予測される.
大腿骨近位部骨折症例に対して治療は入院・手術・リハビリテーションを実施し,歩行再獲得を目標とするが,残念ながら全例が歩行可能となるわけではない.若林は,積極的な機能訓練を行って十分な訓練効果を出すためには,患者の栄養状態が良好で栄養管理が適切であることが必須条件である4)と述べており,低栄養状態は倦怠感を惹起し,筋力向上や術後の回復過程にも影響を及ぼすことが予測される.
そこで本研究では,大腿骨近位部骨折症例における術後Alb値の推移と歩行能力との関係について検討した.

【本文】
対象は2008年1月から2011年3月までに当センターに入院し,当科に依頼のあった大腿骨近位部骨折症例529例のうち,受傷前歩行能力が屋内歩行レベル(屋内歩行見守り以上,屋外歩行不可)であり,人工骨頭置換術または観血的骨接合術を施行した56例(男性7例,女性49例)とした.なお,脳血管疾患やパーキンソン病など歩行やADLに影響する疾患を有する者,上肢骨折合併例,術後免荷期間を必要とした者,入院期間が術後3週未満の者は除外した.対象群の年齢は86.0±6.5歳,MMSEは16.9±9.5点,BMIは19.7±3.2であった.

全対象の入院から術後3週までのAlb値の推移を調査した.次に,術後3週までに歩行再獲得できた群(以下,歩行再獲得群)と歩行再獲得できなかった群(以下,歩行不能群)の2群に分類し,Alb値の推移を調査,比較検討した.その他,年齢,BMI,MMSE,握力,受傷から手術までの期間についても2群間で比較検討した.更にAlb値と最大歩行距離の関連性についても調査した.なお,歩行再獲得の定義は「介助を必要とせず50m以上歩行可能.歩行補助具の使用は制限しない.」とした.

全対象の入院時のAlb値の平均は3.4±0.5g/dlであった(図1).術後3週までに歩行再獲得できた者は30例(53.6%)であった.Alb値の推移は図2の通りである.術後1週を除く全ての時点で歩行不能群が有意に低値を示した.Alb値以外の項目のうち,2群間で有意差を認めたものは年齢,MMSE,握力であった(表1).また,術後3週のAlb値と獲得できた最大歩行距離との相関係数は0.37であった.

図1:全対象のAlb値の推移
図2:歩行再獲得群、歩行不能群のAlb値の推移
表1:結果

入院時のAlb値の平均は3.4±0.5g/dlであった.これは東京都健康長寿医療センター研究所の低栄養の基準である3.8g/dl5)を下回っており,56例中45例は受傷前から低栄養状態であったと考えられた.Alb値の推移は歩行再獲得群,歩行不能群ともに手術後に急激な低下を認め,その後緩やかに回復を認めるが,術後3週時点では入院時の値まで回復していなかった.また,入院時,手術直後,術後2週,術後3週の時点において歩行不能群は有意に低値を示した.
今回は受傷前歩行能力が屋内歩行レベルの者を対象としたが,歩行不能群では歩行再獲得群よりも更に低栄養の者が多いことが示された.Alb値と最大歩行距離には弱い正の相関があった.これは,今回の対象がAlb値の低い者ばかりであったためと考えられた.

歩行不能群の中のMMSEが0点であった一例を除けば,術後3週の時点でAlb値が3.2g/dlより高値の者では歩行再獲得しなかった者はいなかった.しかし,3.2g/dl以下では歩行再獲得できた者と,できなかった者が混在していた(図3)

図3:術後3週のAlb値の分布

2群間の比較では年齢,MMSE,握力で有意差が認められた.大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン6)には,歩行能力回復に影響する因子として年齢,受傷前の歩行能力,認知症の程度が挙げられており,受傷前歩行能力を揃えた本研究でも同様の結果が得られた.

受傷前歩行能力が屋内歩行レベルの大腿骨近位部骨折症例を対象に,Alb値の推移と歩行能力について調査した.その結果,殆どの症例で入院時からすでに低栄養状態であり,術後3週時点でもAlb値は回復していないことが分かった.今後,Alb値が極端に低い場合,理学療法の進め方や筋力増強の効果に影響が出るのか,また,対象に屋外歩行レベルの症例も加えた場合,Alb値が歩行再獲得の予測因子の一つとなりうるのか等さらに検討する必要がある.

●参考文献
1) Dargent-Molina P,Favier F,Grandjean H,Baudoin C,Schott AM,Hausherr E:Fall-related factors and risk of hip fracture:the EPIDOS prospective study.Lancet.1996;348:145-149
2) Tinetti M,Baker D,Dutcher J,Vincent J,Rozett R:Reducing the risk of falls among older adults in the community.Peacable Kingdom Press,Berkeley,CA.1997
3) Tinetti ME,Speechley M,Ginter SF:Risk factors for falls among elderly persons living in the community.N Engl J Med.1988;319:1701-1707
4) 若林秀隆:リハビリテーション栄養ハンドブック.医歯薬出版株式会社,2010,pp.1.
5) 權珍嬉,鈴木隆雄,金憲経,吉田英世,熊谷修,吉田祐子,古名丈人,杉浦美穂:地域在宅高齢者における低栄養と健康状態および体力との関連.体力科学.2005;54:99-105
6) 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会,大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン策定委員会:大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン.南江堂,2011,pp.118.