TKA術後患者の体幹機能と歩行能力の関係
2) 大阪府立急性期・総合医療センター
【はじめに】
近年,疾患に関わらず体幹機能が歩行能力に影響を及ぼすことは,多数報告されている1)2).また,変形性膝関節症や人工膝関節全置換術 (total knee arthroplasty : 以下TKA) 後の理学療法の内容と留意点として,体幹の評価,分析が必要との報告もある3)4).臨床的にも,TKA術後患者の歩行能力にとって体幹機能が重要であることは,しばしば経験される.しかし我々の知る限り,TKA術後患者の体幹機能と歩行能力の関係について,客観的な指標に基づき明らかにした研究はない.
体幹機能の評価としては,近年Seated Side Tapping test (以下SST) が用いられている5)6).このテストは坐位で体幹を左右に出来るだけ速く動かす能力を測定するもので,健常高齢者,虚弱高齢者のどちらを対象とした場合でも,歩行速度やTimed Up & Go test (以下TUG) と有意な相関関係が認められている.そこで本研究は,TKA術後患者においてSSTを用いて測定した体幹機能と歩行能力との関連を明らかにすることを目的とする.
【対象及び方法】
2012年5月~9月までに,大阪府立急性期・総合医療センターに入院し,変形性膝関節症と診断され,TKAを施行された症例39例39膝を対象とした.本研究では,SST,5m歩行速度,TUG7)に加えて,痛みの評価としてVisual Analog Scale (以下VAS) を測定した.
SST は,坐位で両上肢を側方に挙上し,その指先から10cm 離した位置にマーカーを設置し,対象者に出来るだけ速くマーカーを交互に10 回叩くように指示し,要した時間を測定した (図1) .
全ての項目についてストップウォッチを用いて2施行測定し,最速値を解析に用いた.測定は術前 (歩行速度のみ) ,術後1週,2週,3週の各時期に行った.
統計処理については,週ごとのSSTと歩行速度,TUGとの関係を検討するために,年齢を統制した偏相関分析を行った.SPSS ver.20を用い有意水準を5%とした.
本研究は,当センター臨床医学倫理委員会並びに,大阪府立大学総合リハビリテーション学部研究倫理委員会の承認を得て実施した.また,全ての対象者に本研究の内容及び測定データの使用目的について書面を用いて十分な説明を行い,書面による任意の同意を得た.
【結果】
被験者の属性を表1に示す.術前の歩行速度は,1.02±0.25m/sであった.術前歩行速度の平均±2SD以上であった2例については,解析対象から除外し,男性8例,女性29例の計37例を解析対象とした.各測定項目の平均値及び標準偏差を表2に示す.全ての項目において,3週の測定値が最も良好な値を示し,その歩行速度は0.97±0.20 m/sであった.また,SSTと歩行速度,SSTとTUGの関係を年齢で補正した偏相関係数を表3に示す.全てにおいて危険率は0.01未満であり,中等度の有意な相関を示した.
【考察】
TKA術後患者において,術直後の1週,2週,そして退院時期となる3週のどの時期においても,SSTと歩行速度,TUGとの間に中等度の有意な相関が認められたことが本研究で得られた最も重要な結果である.これは,TKA術後早期には,いずれの時期でも体幹機能と歩行能力に関連があることを示唆している.
SSTの動作は,体幹を側方へ傾斜させる動作であり,体幹の側方コントロールと深く関わっていると考えられる.安定した歩行を維持するためには,体幹の側方コントロールが重要との報告があることから8),SSTと歩行能力に関連が得られた要因と考えられる.
一方でVASの値は術後1週が平均36.6と高く,3週では10.4まで減少している.TKA術後から退院までの期間で,このような疼痛の変化に関わらず,歩行能力と体幹機能には常に一定の関係が認められたことから,下肢の痛みに関わらず,歩行において体幹機能が重要であることを示している.以上より,TKA術後患者において,体幹機能と歩行能力に関連があることが示唆された.
●参考文献
1) Verheyden G, Vereeck L, Truijen S, et al. (2006) Trunk performance after stroke and the relationship with balance, gait and function ability. Clin Rehabil, 20:451-458.
2) Menz HB, Lord SR, Fitzpatrick RC (2003) Acceleration patterns of the head and pelvis when walking are associated with risk of falling in community-dwelling older people. J Gerontology A Biol Sci, 58(5): M446–M452.
3) Li K, Ackland DC, McClelland JA, et al. (2013) Trunk muscle action compensates for reduced quadriceps force during walking after total knee arthroplasty. Gait Posture, 38(1):79-85.
4) 田中浩介, 宮下浩二, 浦辺幸夫ほか (2008) 変形性膝関節症患者の歩行における体幹傾斜運動と骨盤回旋運動の関係. 理学療法科学, 23(1):163-167.
5) Iwata A, Higuchi Y, Kimura D, et al. (2013) Quick lateral movements of the trunk in a seated position reflect mobility and activities of daily living (ADL) function in frail elderly individuals. Arch Gerontol Geriatr, 56(3):482-6.
6) 樋口由美, 岩田晃, 淵岡聡 (2012) 移動能力とIADLを反映する坐位での体幹機能評価の有用性. 日老医誌, 49:449-456.
7) Podsiadlo D, Richardson S (1991) The timed "Up & Go": a test of basic functional mobility for frail elderly persons. J Am Geriatr Soc, 39(2):142-148.
8) Helbostad JL, Moe-Nilssen R (2003) The effect of gait speed on lateral balance control during walking in healthy elderly. Gait Posture, 18:27-36.