低栄養患者のADL向上にはアルブミン値の増減が関与するか
【はじめに】
近年,低栄養患者を対象とした栄養サポートチーム(以下NST)による栄養管理の重要性が周知され,関心が高まってきている.Kaiserらは急性期病院の入院患者における低栄養患者の割合は約40%と報告1)しており,低栄養患者に対してリハビリテーションを実施する機会は多くなり,その重要性が高まっている.
一般的に栄養状態の判定方法として,身体計測,血液検査および問診の3つがあるが,その中でも身体計測と血液検査が最も汎用されている.血液検査所見の中で,重要な栄養状態の指標とされているものはアルブミン値(以下Alb値)である2).低Alb値と死亡率の関連は多数報告3−4)され,低栄養患者に対してリハビリテーションを実施するにはAlb値などの栄養状態とADLとの関係性を把握しておく必要がある.
これまでに,急性期病院のPT対象となった入院患者のAlb値は機能的自立度評価法(以下FIM)との間に正の相関関係があるとの報告5)はあるが,NST回診対象となる低栄養患者に限局した報告は極めて少ない.また,死亡率の高い低栄養患者におけるAlb値の増減がADL改善に与える影響は未だ不明なままである.
【目的】
急性期病院である当院に入院しNST回診の対象となった低栄養患者のAlb値の増減は,ADLの向上に関与するか否かを調査することを目的とした.
【方法】
当院に入院し,平成21年6月から平成23年10月にNST回診対象(入院時のAlb値≦3.0g/dL)となった434例のうち,連続2回以上回診を実施した287例を対象とした.
NST開始時の年齢,BMI,疾患名,Alb値,ADLの指標としてFIM(運動項目:以下運動FIM,認知項目:以下認知FIM),経過週数(NST開始から終了までの週数),リハビリテーション実施の有無を調査した.なお,当院におけるNST終了の基準は,軽快,急性増悪,死亡とした.
NST開始時と終了時のFIMとAlb値の変化をみるため,NST終了時から開始時の値を引いたΔ運動FIM,Δ認知FIM,ΔAlb値を求めた.本研究ではΔAlb値については,0.1g/dL以上の変化を増加もしくは減少として定義し,増加群,維持群,減少群の3群に分けた.Δ運動FIMとΔ認知FIMについては,1点以上の変化を向上もしくは低下と定義した.
統計学的解析は,IBM SPSS Statistics 20を使用して,2群間の比較にはt-test,相関関係にはspearman rank correlation coefficient,3群間の比較にはone-way ANOVA,Bonferroni,Dunnett Cの多重比較,度数分布にはChi-square test,McNemar's testを用いて検討した.なお,有意水準は5%とした.
【結果】
対象者の疾患はがんが32%,肺炎が28%を占めていた(図1).全ての疾患において,Alb値はNST開始時と比較し,終了時で有意に増加した(表1).また,ΔAlb値とΔ運動FIMの間に有意な相関を認めた(r=0.162,p=0.006).
NST開始時と終了時を比較し,ΔAlb値の増加は48%,Δ運動FIMの向上は34%,Δ認知FIMの向上は17%にみられた(図2).
ΔAlb値の増減による身体特性の比較を表2に示す.増加群のBMIはNST開始時と比較し,終了時で有意に減少した.死亡者数は,減少群ほど割合が有意に高かった.
ΔAlb値の増減によるFIMの比較を表3に示す.増加群の運動FIMは,NST開始時と比較し,終了時で有意に向上した.また,増加群は,減少群と比較しNST開始時Alb値が有意に低くΔ運動FIMが有意に向上し,減少群・維持群と比較し終了時Alb値が有意に高かった.
【考察】
本研究では低栄養患者におけるAlb値の増減に着目し,ADLの評価としてFIMを用いて,その変化を調査した.先行研究では,ΔAlb値の増加もしくは減少,ΔFIMの向上もしくは低下の明確な数値の定義がみられなかったため,本研究では,ΔAlb値については0.1g/dL以上の変化を増加もしくは減少として定義し,ΔFIMについては1点以上の変化を向上もしくは低下と定義して検討した.その結果,ΔAlb値増加群のΔ運動FIMは,減少群と比較して,有意に高かったことから,本研究で用いたAlb値とFIMの変化量の基準が有用であると考えられた.
全ての疾患において,Alb値はNST開始時と比較し,NST終了時で有意に増加したことから,NST回診による適切な栄養管理(週に1回のNST回診にて輸液の調整,対象者に合った食形態への変更,栄養補助食品の提供など)によりAlb値が増加したと考えられた.しかし,ΔAlb値とΔ運動FIMにほとんど相関関係がなかったことから,本研究で対象とした低栄養患者においては,ΔAlb値の増加が必ずしもADL向上につながらないことも考えられた.
次に,疾患をがん・肺炎・他疾患に分類したところ,ΔAlb値の増減によって各群の疾患割合に有意差を認めなかったことから,本研究ではΔAlb値の増減に疾患の影響は少なかったと思われた.しかしながら,一般的に消耗性疾患はエネルギー需要の増加によって蛋白異化・骨格筋蛋白分解が起こる6)とされているが,本研究では他疾患の割合が40%と高い割合のまま分析しており,今後は解析の正確性を高めるためにデータ数を蓄積し,他疾患をより詳細に疾患分類して調査するべきであると考えられた.
次に,増加群のBMIが有意に減少とした理由として,手術や感染症等の侵襲により骨格筋と脂肪組織の消耗が著明で浮腫を認めないマラスムス型のタンパク質エネルギー不足(以下PEM)7)を呈し,体重減少を招いた可能性が考えられた.一方,減少群・維持群のBMIに有意差を認めなかった理由として,マラスムス型と浮腫を認めるクワシオルコル型のPEMが混在し,体重減少を認めなかった可能性が考えられた.死亡率は,ΔAlb値の減少群で有意に高く,Alb値と死亡率の関連性を示した先行研究3-4)を裏付ける結果となった.
リハビリテーションは,ΔAlb値の増減に関わらず,高い割合で実施されていたが,ΔAlb値が減少・維持群の場合は,Δ運動FIMの改善が認められなかった.よって,ΔAlb値の減少・維持群は,過度な負荷をかけるとかえって蛋白異化・骨格筋蛋白分解を招く恐れがあるため,積極的なレジスタンストレーニングやADL訓練などを避けた維持的リハビリテーションに努め,ΔAlb値の増減に注意を払うべきであると考えられた.
なお,本研究の限界として,Alb値は肝障害やネフローゼ症候群など低Alb血症をきたす疾患を合併している場合は栄養状態の評価が困難で,手術,外傷,重症感染症などの急性ストレスにて低下することも考慮する必要がある7)とされている.よって,栄養状態の評価については多角的に評価しておく必要があると考えられた.今後は,データ数を蓄積し低栄養患者を疾患により詳細に分類し,疾患内でのAlb値とADLの関連性を調査していきたい.
●参考文献
1)Kaiser MJ, Bauer JM, Ramsch C, Uter W, Guigoz Y, Cederholm T, Thomas DR, Anthony PS, Charlton KE, Maggio M, Tsai AC, Vellas B, Sieber CC; Mini Nutritional Assessment International Group: Freqency of malnutrition in older adults: a perspective using the Mini Nutritional Assessment. J AM Geriatr Soc 58: 1734-1738, 2010
2)細井孝之: 栄養介入によるサルコペニア予防・治療の可能性. Modern Psysician 31(11): 1362-1366, 2011
3)Antonelli Incalzi R, Landi F, Cipriani L, Bruno E, Pagano F, Gemma A, Capparella O, Carbonin PU:Nutritional assessment : a primary component of multidimensional geriatric assessment in the acute care setting. J Am Geriatr Soc 44(2): 166-74, 1996
4)Zuliani G, Romagnoni F, Soattin L, Leoci V, Volpato S, Fellin R:Predictors of two-year mortality in older nursing home residents. The IRA study. Istituto di Riposo per Anziani. Aging(Milano) 13(1): 3-7, 2001
5)藤田吾郎,樋口謙次,橋本圭司,安保雅博:理学療法実施患者における栄養状態の調査研究.日本私立医科大学雑誌 121(6): 291-296, 2006
6)日本静脈経腸栄養学会編:日本静脈経腸栄養学会 静脈経腸栄養ハンドブック.南江堂.東京:122-124,2011
7)中澤進,小薗康範:高齢者の食物摂取基準と栄養状態の判定法について.Geriat Med 46(5): 437-443, 2008