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ジャーナルハイライト
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Article
PT-OT-ST Channel Online Journal Vol.2 No.9 A2(Sep. 20,2013)

iNPH症例におけるTimed Up & Go Testの運動相別時間分析

―髄液排除試験前後の歩行能力評価―

著者:川端 悠士 氏(写真)
JA山口厚生連 周東総合病院 リハビリテーション科
key words:iNPH,Timed Up & Go Test,歩行能力

緒言
特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus;iNPH)は高齢化が進む本邦で注目を集める疾患となっており,理学療法士が髄液シャント術前後に関わる機会も増えている.iNPHは手術によって症状の改善が可能な疾患であり,適切な診断が重要である.iNPHの診断には髄液排除試験が,簡便かつ低侵襲にシャント術の効果予測を行うことができるという点で有用であり,iNPH診療ガイドライン1)でも推奨されている.iNPHは歩行障害,認知障害及び尿失禁を3大徴候とする疾患であるが,中でも歩行障害の出現頻度が最も高く2),髄液排除試験前後における歩行障害の評価は非常に重要である.

iNPH診療ガイドラインではTimed up & go test(TUG)が歩行障害の評価法として推奨されており,iNPH例におけるTUG運動相別の時間占有率は健常者におけるそれとは異なることが予測されるが,iNPH例を対象にTUGの運動相別時間分析を行った先行研究は無い.また髄液排除試験により主にどの運動要素の遂行時間の短縮が得られるのかを検討することは,iNPH症例における歩行特性を明らかにするとともに髄液排除試験前後の歩行評価を行う上で有益であると考えられる.本研究ではiNPH例のTUGの特性を明らかにするとともに,髄液排除試験前後での運動要素別の改善率を明らかにすることを目的とする.

対象
iNPH疑いで髄液排除試験施行となった症例のうち独力での歩行が困難な例を除く8例とした.このうち髄液排除試験前後で診療ガイドラインが示すTUG10%以上の改善が得られた6例を対象とした.

方法
先行研究3-4)を参考にTUGを起立相,歩行往路相,方向転換相,歩行復路相,着座相の5つの運動相(図1)に分割し,デジタルカメラおよびスプリットメモリ機能付ストップウォッチを使用し各相の遂行時間を測定した.TUGは髄液排除試験前後に3回ずつ測定し平均値を算出し,各運動相の時間占有率を算出した.また髄液排除試験前後における各運動相の動作遂行時間短縮率(髄液排除試験後遂行時間/髄液排除試験前遂行時間)を算出し,反復測定による一元配置分散分析およびShaffer法を用いて各運動相間の時間短縮率を比較した.

図1:TUGの運動相別時間分析

【結果】
髄液排除試験前におけるTUG運動相別の時間占有率は起立相7.5±2.2%,歩行往路相12.3±3.7%,方向転換相24.7±4.7%,歩行復路相16.2±3.9%,着座相39.2±10.2%であった.髄液排除試験後の動作遂行時間の短縮率はそれぞれ起立相72.4%,歩行往路相84.5%,方向転換相77.5%,歩行復路相84.8%,着座相53.7%であった(図2).運動相間の短縮率の比較では,起立相と方向転換相,歩行往路相と方向転換相,起立相と着座相,方向転換相と着座相,歩行復路相と着座相の間に有意差を認めた.

図2:髄液排除試験前後における各運動相間の時間短縮率比較

考察
健常例におけるTUGの時間占有率を調査した先行研究3)では,歩行往路相・歩行復路相の時間占有率が61.7%を占め,方向転換相・着座相の時間占有率はそれぞれ18.6%,13.9%であったと報告されている.結果より髄液排除試験前におけるiNPH例の時間占有率は方向転換相で24.7%,着座相で39.2%と健常例に比較して延長しており,歩行往路相・歩行復路相の時間占有率は28.5%と相対的に短縮していた.また髄液排除試験後の時間短縮率は方向転換相・着座相で有意に大きかった.これらの結果よりiNPH例におけるTUGの特性として方向転換相・着座相が他の3相に比較して延長していることが明らかとなった.

本研究における方向転換相・着座相はいずれも方向転換を要する運動相である.歩行障害が方向転換時に顕著であるといったiNPH例における臨床的特徴は1980年代に報告されている5).その責任病巣に関しては,拡大した脳室による上行性運動線維の圧迫・変性,錐体路障害などの仮説が報告されている5)が,近年責任病巣として前頭葉の影響が大きいことが報告されている6-7).またポジトロン断層撮影を用いた最近の研究ではこの前頭葉機能障害が線条体-淡蒼球・黒質-視床-前頭葉回路の障害によってもたらされている可能性が報告されている8-9).通常,複合的な動作を意識的な注意無く実行するためには,大脳基底核による運動制御が必要である.また方向転換のように外部の環境に歩行を適応させるような課題では,前頭前野の活動が大きくなるとされており,これらのことから考えるとiNPH例においては大脳基底核・前頭葉の機能低下により方向転換動作が拙劣となるものと思われる.

図3:iNPH例における歩行障害の責任病巣

●参考文献
1) 日本正常圧水頭症研究会 特発性正常圧水頭症診療ガイドライン作成委員会:特発性正常圧水頭症診療ガイドライン 第2版,メディカルレビュー社,2011
2) Mori K:Management of idiopathic normal-pressure hydrocephalus: a multiinstitutional study conducted in Japan.J Neurosurg95:970-3,2001
3) 小林量作,地神裕史,椿敦裕,他:Timed Up & Go Testの運動相別時間分析.理学療法学36:1516,2009
4) Wall JC,Bell C,Campbell SJ,et al:The Timed Get-up-and-Go test revisited: measurement of the component tasks.Rehabil Res Dev37:109-113,2000
5) Black PM:Idiopathic normal-pressure hydrocephalus.Results of shunting in 62 patients.J Neurosurg52:371-7,1980
6) H Stolze,J P Kuhtz-Buschbeck,H Drücke,et al:Comparative analysis of the gait disorder of normal pressure hydrocephalus and Parkinson's disease.Neurol Neurosurg Psychiatry70:289-97,2001
7) Miyoshi N,Kazui H,Ogino A,et al:Association between cognitive impairment and gait disturbance in patients with idiopathic normal pressure hydrocephalus.Dement Geriatr Cogn Disord20:71-6,2005.
8) Ouchi Y,Nakayama T,Kanno T,et al:In vivo presynaptic and postsynaptic striatal dopamine functions in idiopathic normal pressure hydrocephalus.Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolism27:803-10,2007
9) Nakayama T,Ouchi Y,Yoshikawa E,et al:Striatal D2 receptor availability after shunting in idiopathic normal pressure hydrocephalus.J Nucl Med48:1981-6,2007