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ジャーナルハイライト
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Article
PT-OT-ST Channel Online Journal Vol.2 No.4 A1(Apr. 05,2013)

加齢性・廃用性声帯萎縮に対する音声治療の効果

著者:井上 瞬 氏(写真)1),渡嘉敷 亮二 氏1)
1) 新宿ボイスクリニック
key words:加齢性・廃用性声帯萎縮,音声治療

【はじめに】
近年、日本では高齢化が進んでおり、5人に1人が65歳以上という高齢化社会である。このような社会変化に伴い声の使用頻度が減少し、加齢および廃用性の声帯萎縮による嗄声によって、「声が嗄れる。」「高い声が出ない。」など声の悪化を訴える患者が増えている。今回我々は加齢性声帯萎縮症例に対し、 Vocal Function Exercises(以下VFE)に多少の変更を加えて、筋層への高い負荷をかけた訓練を行ったのでその効果について報告する。

【対象】
2010年7月から2012年3月までに新宿ボイスクリニックを受診し、加齢性声帯萎縮と診断され、1~3か月の間経過観察のできた41例を対象とした。男性17例、女性24例、年齢は59歳から85歳(平均70.8歳)であった。加齢性声帯萎縮の診断は①喉頭に器質的な異常がない。②喉頭内視鏡およびストロボスコピーにより発声時の声門間隙または閉鎖期の減少、声帯の弓状変化などの所見が見られる。③音声使用頻度の減少に伴う嗄声の悪化もしくは、音声を使用していても自覚的な声の悪化があったことなどから総合的に判断した。

【方法】
1994年にStemple.Jが発表したVFE1)にいくつかの変更を加えたExercise (VFE変法)を行った。以下にVFE原法との違いを述べる。VFE原法は、内喉頭筋の筋力アップと筋相互のバランス調整を目的に行われている。訓練プログラムは、①喉頭筋のウォームアップ ②喉頭筋のストレッチ③喉頭筋の収縮 ④喉頭筋の筋力アップ から構成されている。我々はこの①から③に関しては原法と同様に行い、④の喉頭筋の筋力アップについては、個々の患者のF0ピッチから裏声上限までを5分割した5音域の持続発声を行った。この理由は個々の患者の声域は異なるため原法にあるような決められた音は各々の患者に対して負荷の度合いが変わると考えたためである。また、プログラムの減少や訓練回数の減少はせず、毎回3セット行うこととした。
41例全てで、訓練開始前、1か月後、2か月後、3か月後にmaximum phonation time(MPT)・声域を測定した。また声の自覚度の変化をVoice Handicap Index (VHI10)2)を用いて評価した。
全ての項目で、訓練前、訓練後1か月、2か月、3か月の結果を統計学的に検討した。検定にはwilcoxonの順位和検定を用いた。

【結果】
MPTは(図A)初診時から1か月間及び2か月間まで強い有意差をもって改善しているが2ヵ月目と3ヵ月目では有意差は見られなかった。
声域(図B)についてもMPT同様、初診時から1か月間及び2か月間まで強い有意差をもって改善したが3か月間継続した症例では有意差は見られなかった。VHIは訓練後1か月後から有意な低下を示し、2か月から3か月間継続した症例では更に有意な低下みられた(図C)

図A:最長発声持続時間(自然な高さ・大きさで母音「ア」をできるだけ長く発声した最大値)の継時的変化
図B:声域(出すことのできる音の高さの範囲)の継時的変化
図C:Voice Handicap Index(声の関する自覚的評価法であり、身体的・機能的・感情的の3側面で評価した得点)の継時的変化

【考察】
今回の結果では各パラメーターにおいてVFE変法施行後1か月、1か月後と2か月後の比較でも有意な改善がみられた。Sauderらの報告3)では、VFE原法を9症例(女性2人:男性7人)に対し6週間実施。VHI・気息性・努力性の減少が有意にみられたがMPTの延長は有意でなかった。としている。しかし、我々の報告ではMPTも有意に改善している。これら2つの報告に比べ我々の方法ではより改善効果が高かったという結果であるが、このことは運動負荷を高くしたことが音声改善に寄与した可能性がある。高齢者に対しての高負荷の筋力増強訓練に関するこれまでの報告では、四肢の筋に対する負荷筋力トレーニングを行った結果、筋力および筋量が顕著に増加することがわかっている4)~9)。このことから我々は内喉頭筋にも同様にVFE変法が有意義なものであると考えた。従来の報告よりも良い結果が得られたことは、四肢の筋と同様に内喉頭筋にも高負荷の筋力トレーニングが有用である事を裏付けるものと考えられた。

【まとめ】
我々の行った高負荷のVFEは加齢性声帯萎縮症例の音声機能を短期間で有意に改善させることが示唆された。

●参考文献
1)Stemple JC, Lee L, D'Amico B, Pickup B:Efficacy of vocal function exercises as a method of improving voice production. J Voice.1994 Sep;8(3) 271–8.
2)Rosen CA, Murry T, Zinn A, et al: Voice Handicap Index change following treatment of voice disorders. J Voice, 14 : 619-623,2000.
3)Sauder C, Roy N, Tanner K, Houtz DR, Smith ME:Vocal function exercises for presbylaryngis: a multidimensional assessment of treatment outcomes.Ann Otol Rhinol Laryngol. 2010 Jul;119(7):460-7.
4)Cambell W et al.: Effects of resistance training and chromium picololinate on body composition and skeletal muscle in older men. J Appl Physiol 86 : 29-39,1999
5)Joseph L et al.: Differential effect of resistance training on the body composition and lipoprotein-lipid profile in older men and women. Metabolism 48 : 1474-1480,1999
6)Nichols J et al.: Efficacy of heavy-resistance training for active women over sixty: muscular strength, body composition, and program adherence. J Am Geriatr Soc 41:205-210,1993.
7)Frontera, W.R ,et al: Muscle fiber size and function elderly humans : a longitudinal study.J Appl Physiology, 105:637-642,2008
8)Fiatoarone, M.A et al: High-intensity strength training in nonagenarians. Effects on skeletal muscle. JAMA, 263: 3029-3034, 1990
9)Lexell, J. et al: Heavy-resistance training for Scandinavian men and women over seventy: short-and longterm effects on arm and leg muscles. Scand J Med Sci Sports, 5:329-341,1995.