脳卒中片麻痺者が歩行中に下方を向きやすいのはなぜか?
~不整地歩行における麻痺側下肢遮蔽の影響~
2)東京慈恵会医科大学リハビリテーション医学講座
3)首都大学東京大学院 人間健康科学研究科 ヘルスプロモーションサイエンス学域
【目的】
我々は,脳卒中片麻痺者が歩行中に下方を向きやすいことの理由を探るために,下方を向くことの機能的意義を想定して検証を行っている.
前回学会では,平地路面において下方を向きながら歩く脳卒中片麻痺者は,麻痺側下肢を遮蔽した場合に歩行速度や体幹動揺に影響があり,麻痺側下肢を視野に入れて歩いている可能性があることを報告した.今回は平地路面よりも難易度の高い不整地路面において,下肢視覚情報遮断が歩行能力に及ぼす影響を検討した.仮説として,歩行難易度が上がることで足もとの視覚情報の重要性が高まるため,下肢視覚情報遮断がもたらす悪影響がより顕著になると予想した.
【方法】
対象は,高次脳機能障害がなく自立歩行が可能な脳卒中片麻痺者12名(男6女6,60.9±10.4歳)と健常者7名(男4女3,57.5±2.3歳)とした.
対象者は,麻痺側下肢の視覚情報を遮断するための遮蔽板を装着し,平地路面と不整地路面をできるだけ速く歩行し,その歩行能力変化を検討した.遮蔽には,上前腸骨棘の高さに長方形の紙(横15cm縦20cm)を取り付けた.(図1) 不整地路面として,フィットネスマット(Airex社製)を床に敷いた.歩行能力指標は,歩行速度及び3軸加速度計から得られた動揺性指標とした.実験では路面要因2条件,下方遮蔽板装着要因2条件の全4条件を各3回,計12試行おこなった.また,頭部の下向き傾向を表す頭部ピッチ角を,ビデオ画像より算出した.(図2)
解析は,片麻痺者について平地遮蔽なし条件の頭部ピッチ角により下向き群及び前向き群に分類した後,各群の路面間の頭部ピッチ角変化を比較し,各群の路面・遮蔽要因間の歩行速度,体幹動揺の変化を比較した.
【結果】
頭部ピッチ角は,健常群は平地でも不整地でも前方を向いていたが,片麻痺者は前向き群および下向き群のいずれも,不整地において頭部ピッチ角が低下していた.つまり,片麻痺者は下を向いて歩く傾向が強くなったといえる.
平地遮蔽なし条件における各群の平均歩行速度は,下向き群0.55±0.23 m/s,前向き群1.20±0.45 m/s,健常群1.93±0.24 m/sであった.麻痺側下肢を遮蔽した場合,平地・不整地いずれの路面においても,下向き群のみが麻痺側遮蔽の影響を受け,歩行速度の低下,および体幹動揺の増加が見られた.前向き群及び健常群は遮蔽の影響を受けなかった.(図3)
【考察】
このように下を向きながら歩く片麻痺者にとって,麻痺側下肢の視覚情報は必要な情報と言える.つまり,麻痺側下肢の機能低下を視覚により補償していることが推察された.しかし,下向き群の麻痺側下肢遮蔽による影響は,不整地でより顕著になるわけではなかった.本実験で用いた不整地路面は,接地状況や立位での荷重感覚がつかみにくく,主に歩行周期の立脚期に影響を及ぼす課題と考えられる.下向き群にとって,平地および不整地で麻痺側遮蔽による影響が同程度であったということは,必要な視覚情報は立脚に関する下肢の情報ではなく,遊脚の情報と言えるかもしれない.つまり,振り出すタイミングや遊脚中の下肢の動きの情報が必要と推察される.さらに,前向き群においても不整地ではやや下方を向く傾向にあったが,下肢遮蔽による影響はなかった.このような症例にとっては,不整地で下方を向くことの機能的意義は,麻痺側下肢を視覚でとらえるためではなく,路面環境の把握や視覚的定位を得るためと考えられた.
【研究の意義】
脳卒中片麻痺者が歩行中に下方を向くことがフィードバックあるいはフィードフォワード機構に有益かどうか,機能的意義を見極めることが,具体的な介入方法の提案につながると考える.