脳損傷者における当院の自動車運転評価とその追跡調査
自動車は便利な反面,凶器にもなるため,脳損傷後の自動車運転に関しては可能な限り的確な判断が肝要である.しかし,我が国では運転に関する一貫した評価項目はなく,どの病院も手探りで行っている現状がある.対象者の運転能力を正しく評価しているかの成否については,追跡調査が重要である.本稿では脳損傷者の自動車運転評価に関する当院の取り組みを紹介するとともに,追跡調査の結果を若干の考察と共に提示する.
【当院での自動車運転評価の流れ】
当院の運転評価の流れを図1に示す.はじめに問診および運転に関しての講義を行う.講義では道路交通法や脳障害者が起こした事故や裁判例,今後必要となる法的手続き(適正相談等)やその流れなどからなり,適正相談を受けずに運転をしないよう注意喚起等を行っている.
その後,机上の認知機能評価へ進む.当院で採用している机上評価を表1に示す.これらはMarshallら1)のシステマティックレビュー等から運転に関連する認知機能評価を選択し,正常値は加藤2)や鎌倉ら3)の報告を参考にしている.さらに,藤田ら4)が開発したVFIT(Visual Field with Inhibitory Tasks:抑制課題付有効視野測定)を利用している.これら評価の詳細については文献を参照されたい.その後,停車時評価としてブレーキアクセル踏み替え速度,ハンドル回転速度,シートベルトやシート,ミラーの調節(麻痺があると意外に手間取る者が多い)を行う.そして,シミュレーターで車間距離や信号順守等を評価している.最終的に必要があれば実車評価を行っていた.実車評価は最も効果的な評価であるが,現在協力機関が無いのが現状であり,最大の課題でもある.これら検査の1つの項目が不可という理由で運転不可にすることはなく,これらから総合的に評価し,助言している.さらに当院の相談後数か月で電話での聞き取り調査を行い,確認や助言を行っている.
【方法】
当院開設後(3年前),自動車運転評価を行った患者に対して,相談終了後の聞き取りが可能であった39名(男性33名,女性6名,平均年齢59.1±10.0歳)に対して,その内容を後ろ向きに調査した.
【結果】
39名中,当院の評価結果から運転を控えた方が良いと助言したものは12名であった.その理由は半盲,視空間認知障害,注意障害,記憶障害等であった.公安委員会の適正相談は27名が受けた.当院での評価が控えた方が良いという結果であったが,公安委員会の適正相談で運転可と判断されたものは4名であった.一方,当院で運転は可能であろうと助言を受けたものは27名であり,適正相談を受けた者の結果は全員合格であった.合格者中運転の非継続者は3名であり,その理由は「まだ自信が無い」「まだ必要ない」というものであった.一方,適性検査の非受講者は合計12名であった.その内3名は運転を継続していた.運転継続者は26名であり,事故や交通違反を起こしたものはいなかった.
【考察】
適正相談を受けずに運転しているものが3名いた.これらは適正相談の知名度が低い上,申告しなくとも現状罰則がないという原因が推察された.これについては現在法改正も考えられているため,改正されれば講義内容をさらに充実させる必要があると考える.また,適正検査合格後も運転しない方に関しては,自動車教習所などに円滑につなげ,安全運転と自信を促すシステムが必要であると思われる.
公安委員会の適正相談の結果から考慮すると,公安委員会よりも当院の評価システムの方が厳格であることが伺える.あくまで運転の可否を決定するのは公安委員会であるが,場所によっては医療機関からの情報を必要としないところもあるため,その連携の必要が示唆される.一方で,当院のシステムは安全運転可能な者も不可としていることが危惧される.当院は開設まもなく,追跡調査期間も短いため,本当に安全運転を評価できているか否かは引き続き調査をする必要があると考える.
●参考文献
1)Marshall SC,et al:Predictors of driving activity following stroke: A systematic review. Top Stroke Rehabil 14, 98-114,2008
2)加藤貴志:運転再開に向けた井野辺病院の取り組み.作業療法ジャーナル46(5), 490-494,2012
3)鎌倉矩子,他:高次脳機能障害の作業療法.三輪書店,2010
4)藤田佳男,他:高齢者の運転適性と有効視野.作業療法31(3),2012