内乱刺激による高齢者と若年者の足圧変位の特徴
高齢者の運動機能の特徴を知ることは、根拠のある運動指導や、転倒予防運動の構築に必要である。随意運動の発現や運動を制御するメカニズムには神経系、筋・骨格系、運動協調性、感覚系等の機能とともに、情動や認知といった高次脳レベルの機能も重要な要素である。高齢者の運動の特徴として、情報処理速度の低下や作業領域の低下、抑制機能の低下が提案されているがそれら単独の理論のみでは認知的加齢が運動に及ぼす影響を理解するには至っていない。
近年、作業領域の低下と易転倒高齢者との関係や、注意力と転倒の関連を検討した報告がなされ、高齢者の転倒因子を考慮する際には認知機能を含めた総合的な理解が必要である。抑制機能とは、行動の開始より抑制する方が難しく、一旦活動した行動が開始されて筋運動性興奮が高まると行動の抑制が難しい事である。特に一旦興奮した活動に対しての反応の抑制は加齢の影響を強く受けるとされており、前頭葉や視覚経路と密接な関係があると言われている。
こういった背景の中で、以前から高齢者の運動機能は様々な手法によって解析されている。静的なものでは静止立位時の足圧中心(COP)変位の解析などは、重心動揺計測として多くの研究が報告され、COP変位の軌跡長は高齢者で長くなることが報告されている。また、動的な計測では、外力を身体に直接加える外乱刺激を与える方法や、ファンクショナル・リーチのように重心変位を自己誘導で行わせ、その際の身体反応を計測する方法がある。外乱を加えた際の動的な計測は本来の目的である運動機能の相違や転倒のメカニズムを知るには多くの情報が得られる反面、リスクも高く被験者の協力も得にくい背景もある。
これらの事から、運動制御の測定に内乱刺激を用いた計測手法を開発することは静的な計測から、リスクの少ない動的な解析が出来ると考える。我々は光刺激装置からの色提示で右足、左足をなるべく早く1歩前、そして後方に出すいわゆるChoice stepping test(CST)を行った。この手法は、単純な反応時間(RT)のみではなく、認知機能を加味した計測手法として用いられている。さらに、CSTに加え、赤色提示で「動かない」(無動)というタスクを加え、RT、そして無動提示から3秒間のCOPの変位量を抽出して若年者と比較した。(図1)結果、CSTにおいてRTは、高齢者は若年者より前方、後方とも有意に遅延した。また、無動時においてのCOP変位量は高齢者で側方方向への変位量が有意に増大した。しかし、後方ステップ動作時の無動タスク時には差が生じなかった。また、無動の際の姿勢制御について股関節、膝関節、足関節の関与度を調べるため、動作解析装置の結果から各関節モーメントを計算して比較した。その結果、膝関節では差は生じなかったが、股、足関節のモーメントは高齢者で有意に低かった。
以上の結果から、運動エラーによる内乱刺激によって変位した姿勢を維持する戦略には、股関節、足関節の大筋群による制御では無く、足部内在の側方方向の制御を使用していることが示された。動的な姿勢制御機構では股関節を始めとした大筋群が関与するが、内乱刺激による姿勢制御においては、足部の中でも特に前、中足部での微少な調整により行われている事が示唆された。臨床において動的な訓練を行う前段階のレベルである低運動機能高齢者には、大筋群の運動に加えて、足部内在の機構を加味した訓練手法を考慮する必要があると考える。
この研究は文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(平成20~24年度)の助成を受けて行われた。