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ジャーナルハイライト
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PT-OT-ST Channel Online Journal Vol.1 No.5 A3 (Nov. 22,2012)

わが国の要支援高齢者の介護予防における問題点について

-身体的要因,社会・環境要因,心理的要因の関連性の検討から-

著者:望月 秀樹 氏(写真)1),森田 千晶 氏1),原田 祐輔 氏1),下田 信明 氏1),大嶋 伸雄 氏2)
1) 杏林大学保健学部作業療法学科
2) 首都大学東京大学院人間健康科学研究科
key words:介護予防,身体的要因,社会・環境要因,心理的要因

効果的な介護予防とは,対象者が有効な保健行動1)を継続していけることであり,保健行動を考える上で最も重要となるものが行動変容と言われている.行動変容のモデルは,学習理論を基礎とし研究されており2),1950年代に米国の社会心理学者のグループによって初めて提唱され,その後,様々なモデルが考えられてきた.これらのモデルは,学習理論を基礎としているため,オペラント条件付けと行動分析を出発点として如何に動機付けを行うかに焦点をあてた研究の上に体系付けられてきた.しかしながら,動機すなわち行動の出発点である欲求に関してはあまり議論されてきていないのが現状である.これまで欲求についはて心理学の領域で扱われることが多く,その代表的なものとして「マズローの基本的欲求の階層理論」があげられる.
また,近年,要介護化の要因として高齢者の閉じこもりが注目されており3),山崎は4)竹内の提唱した閉じこもり症候群の概念5)を改変して説明している(図1).そこでは閉じこもりの発生は,疾病や障害などの身体的要因のみならず,意欲の低下・障害受容・性格などの心理的要因,家族・友人・住環境などの社会・環境要因の3つが相互に関連すると考えられている.本研究では,この3つの相互関係と前述の「マズローの基本的欲求の階層理論」に着目し,介護保険制度施行以降増加率の高い要支援高齢者の運動器の機能向上プログラム実施後の心理的変化を分析することで,現在のわが国の高齢者の特性を明らかにすることを目的とした.

【方法】
本研究は,通所介護施設にて介護予防として運動器の機能向上プログラムを実施した要支援高齢者(男性44名,女性59名,平均年齢79.41±6.56)を対象とした.対象者は,運動器の機能向上プログラムとして3か月間パワーリハビリテーション(以下パワーリハ)を実施し,身体的要因として運動機能を,社会・環境要因として日常生活の状況を,心理的要因としてマズローの基本的欲求を,それぞれパワーリハ開始時および3か月後に調査した.調査項目の詳細を評価項目一覧に示す.

調査項目一覧

運動機能 握力,体前屈,開眼片足立,ファンクショナル・リーチ,Timed Up and Go Test(TUG),6分間歩行,5m歩行速度
日常生活の状況 NPO法人パワーリハビリテーション研究会作成によるパワーリハ生活行動評価票(表1)
心理的変化 マズローの基本的欲求は、Tickle 6)らによる項目を用い、実際の質問項目は大川 7)によって本邦に紹介されたものを使用した(表2)

結果の分析は,運動機能と生活行動票の改善項目をみるために,開始時と3か月後の各項目の平均値の前後比較を行った.また,運動機能(身体的要因)と日常生活状況(社会・環境要因)と基本的欲求(心理的要因)との関係性をみるために,開始時および3か月後の各要因に対し共分散構造分析を行った.

【結果及び考察】
結果,開始時に比べ3か月後には歩行を中心とした運動機能と役割や外出頻度の増加などの活動性が改善・向上した(表3・表4).本研究では,これらの介護予防効果が得られたと考える.
また,共分散構造分析を行った結果,得られパス図を比較すると(図1),開始時では身体的要因はTUG,社会・環境要因は外出の頻度,心理的要因は自己実現の欲求が最も高値を示した.3か月後では,身体的要因は開始時同様TUG,社会・環境要因も開始時同様に外出の頻度が最も高値を示したが,心理的要因は開始時に比べ,自己実現の欲求の影響が低下し,その代り生理的欲求の影響が増加した.さらに3か月後では,身体的要因と社会・環境要因に有意な相関関係がみられたが,身体的要因と心理的要因,社会・環境要因と心理的要因に相関関係がみられず,心理的要因が他の2要因と乖離してしまったことが示された.この 3か月後の心理的要因における変化は,開始時にあった自己実現の欲求が満たされ,生理的欲求が高まったものと考えられ,生理的欲求への動機付けが高すぎ,運動機能の改善のみに固執し過ぎると心理的要因が他の身体的要因と社会・環境要因と乖離してしまうということが考えられた.介護予防において,身体的アプローチだけでは,機能訓練などの医療的なサービスなどへの依存を高めてしまう可能性が高く,心理的なアプローチを同時に行うことの重要性が示唆された.

図1:パス図の比較

●文献
1) Gochman DS:Labels,systems and motives: some perspectives for future research and programs.Health education quarterly,9(2-3):167-174,(1982).
2) 祐宗省三:社会学的学習理論の新展開.1-15,金子書房,東京(1985).
3) 渡辺美鈴,渡辺丈眞,松浦尊麿,河村圭子ほか:自立生活の在宅高齢者の閉じこもりによる要介護の発生状況について.日老医誌42(1):99-105(2005).
4) 山崎幸子:閉じこもり予防・支援からみた高齢者のこころの健康と地域社会の創造.老年精神医学雑誌,20:536-541(2009)
5) 竹内孝仁:寝たきり老人の成因「閉じこもり症候群について」.老人保健の基本と展開,第1版,148-152,医学書院,東京(1984).
6) Tickle LS, Yerxa EJ:Need satisfaction of older persons living in the community and in institutions,Part 2.Am J Occup Ther,35(10):650-655(1981).
7) 大川嗣雄:クオリティ・オブ・ライフのリハ医学における評価.総合リハ,12(4):269-276(1984).