大腿骨頚部骨折患者の歩行自立アセスメントシート策定の試み
~認知機能低下を合併した高齢者を対象に~
大腿骨頚部骨折(以下、頚部骨折)の予後不良因子としては、様々な帰結研究によって年齢、受傷前の歩行能力、認知症等が報告されている。しかし、歩行の自立に影響する受傷前の生活機能や認知症の具体的な程度に関する報告は少ない。また、回復期リハ病棟に転入してくる頚部骨折患者の中には、複数の不良因子を同時に抱えるものも多いことなどから転入直後の歩行のゴール設定に難渋する場合も少なくない。
そこで今回、認知機能低下を合併した高齢頚部骨折患者を対象に、受傷前の生活機能や入院時の認知機能にも着目し、歩行の自立に特に影響する因子を分析し、複雑に関係する因子間の整理とカットオフ値を定め、入院後可及的早期に歩行の自立予測を行なうためのアセスメントシートの策定を試みた。
対象は、当院回復期リハ病棟を退院した頚部骨折患者の内、65歳以上、入院時MMSEが23点以下、かつ受傷前に屋内歩行が自立していた97名(平均年齢83.1歳、男性22名、女性75名、入院期間68.6日)。
対象者の属性、受傷前生活機能{障害高齢者の日常生活自立度(以下、自立度)、認知症高齢者の日常生活自立度(以下、認知度)、歩行能力}、入院時認知機能{MMSE、認知度、認知症周辺症状(以下、周辺症状)の有無 }、入院時基本動作・ADL能力、尿失禁の有無、退院時病棟歩行能力を調査した。退院時病棟歩行能力は自立群か非自立群(見守り・介助)に分類し、受傷前とは受傷日から溯り2週間以内の状態を評価した。
自立・非自立群の2群間で、(1)年齢、術式、受傷前生活機能、入院時評価の歩行自立の関係因子と、(2)受傷前生活・入院時認知機能の因子間における交互作用を分析した。(1)、(2)で歩行自立に関係を認めた項目の内、(3)特に関係する因子のモデル選択を行った。
結果、自立群は53名(54.6%)、非自立群は44名(45.4%)であった。
(1)2群間に年齢、術式は有意差を認めず、受傷前生活機能では自立度、認知度、屋外歩行能力で有意差を認めた。入院時評価ではMMSE(日時の見当識、遅延再生、図形模写)、認知度、周辺症状の有無、歩行を除く基本動作・食事を除くADL能力、尿失禁の有無で有意差を認めた。
(2)受傷前生活機能では認知度(ランクⅡb以上とⅢa以下)かつ屋外歩行能力(自立・見守りと介助・非実施)で交互作用を認めた。また、入院時認知機能では認知度Ⅱb以上かつMMSEの遅延再生(2点と1点以下)で、認知度Ⅲa以下かつMMSEの場所の見当識(4点と3点以下)で交互作用を認めた(図1)。
(3)歩行自立に特に関係する因子として、受傷前認知度Ⅱb以上かつ屋外歩行能力自立・見守り、入院時認知度Ⅱb以上、周辺症状の有無、上衣更衣能力、尿失禁の有無の5項目がモデル選択された。
頚部骨折患者全般を対象とした我々の先行研究では、約8割が受傷前と同様に屋内歩行が自立していた。認知機能低下を合併する高齢者に限定した本研究では約5割の結果となり、認知機能低下が予後不良因子であること、他の先行研究と同様に歩行の自立には入院時の尿意や動作能力、受傷前生活機能が関係したことが再確認された。
さらに今回は、受傷前の生活機能や入院時の認知機能にも着目して分析したところ、受傷前、入院時ともに認知度がランクⅢa以下では歩行自立が再獲得され難く、歩行自立の基準として受傷前の認知度Ⅱb以上かつ屋外歩行が見守り以上といった因子が示された。
そして、特に関係する因子としては、受傷前では認知度Ⅱb以上かつ屋外歩行見守り以上、入院時では認知度Ⅱb以上、周辺症状無し、上衣更衣自立、尿失禁無しが抽出された(図2)が、各項目の重みづけをするには至らなかった。今後、前向きコホート研究によりデータを蓄積し、先行研究で関与が示されている既往症等の要因も加えて検証を継続し、アセスメントシートを完成させたい。
本研究より、認知機能低下を合併する頚部骨折患者の歩行自立関係因子が整理され、客観的かつ効率的な歩行自立アセスメントシート完成への第一歩となったと考える(図3)。
●参考文献
・日本整形外科学会 日本骨折治療学会監修(2011)『大腿骨頚部/転子部骨折 診療ガイドライン 改訂第2版』 南江堂
・Holt EM,Evans RA,Hindley CJ,Metcalfe JW.1000 femoral neck fractures:the effect of pre-injury mobility and surgical experience on outcome.Injury 1994;25(2):91-5
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