高齢骨折患者における心理的問題
~転倒恐怖感に影響する要因の検討~
近年、転倒に関する心理的影響として転倒恐怖感が注目されている。転倒恐怖感は、「身体能力が残されているにも関わらず移動や位置の変化を求める活動を避けようとする永続した恐れ」と定義されており、日常生活における活動制限や行動範囲の縮小を引き起こし、身体機能低下や生活の質の低下を招く(図1)。
臨床でも、高齢者の治療に携わる機会が増え、身体的な苦痛だけでなく、再転倒への恐怖感を強く抱いているように感じる。そのため、退院後の生活状態や転倒恐怖感に影響する要因について把握、検討することは今後の介入に有益と考えた。本研究では、対象者の約半数に転倒恐怖感があり、要因として「高年齢」「痛み」「屋外で歩行補助具を使用している」が挙げられた。転倒骨折後の高齢者に対し、身体機能向上だけでなく様々な環境、実生活を想定した課題を行い成功体験を通じて対象者の自己効力感を高めていくことが重要と考える。
【本文】
平成21年4月から平成23年7月までに転倒骨折し、当院より自宅復帰された高齢患者103名に対しアンケート調査を実施した。なお、認知機能低下例は対象より除外した。本研究は、当院の臨床研究審査委員会の承認のもと対象者に書面による同意を得て行った。調査内容は、生活状況や健康状態に関する設問と転倒恐怖感の有無についてである(図2)。転倒恐怖感を測定する指標としてModified Falls Efficacy Scale (以下、MFES)を用いた(図3)。
MFESは14項目からなる活動を転倒することなく行う自信の程度を測定する尺度である。対象者には0点(全く自信がない)から10点(完全に自信がある)より決定してもらい、合計点数が低いほど転倒恐怖感が強いことを意味する。有効回答数は95名(男性21名、女性74名)であった。対象者は、自宅復帰後3ヶ月から2年が経過しており、年齢は65 歳から94 歳(77.7±7.2歳)、75歳以上の後期高齢者が全体の約65%を占めていた。また、疾患別内訳では大腿骨頚部骨折41名、橈骨遠位端骨折22名、脊椎圧迫骨折20名、上腕骨近位端骨折12名であった。本研究では、MFESの合計点110点をカットオフ値とし、110点未満を転倒恐怖感あり、110点以上を転倒恐怖感なしの2群に分けた。転倒恐怖感あり群は49名、転倒恐怖感なし群は46名であり、自宅復帰した高齢者の約52%で転倒恐怖感を感じていることが明らかになった。なかでも、大腿骨頚部骨折患者は橈骨遠位端骨折患者と比較しMFESが有意に低く、転倒恐怖感が強い傾向にあった。さらに、対象者の生活状況や健康状態の項目を含めた解析結果では、転倒恐怖感に影響する要因として「高年齢」「痛み」「屋外で歩行補助具を使用している」の3因子が挙げられた。本研究では加齢による身体機能低下や歩行能力低下が転倒恐怖感をより助長していると考えられた。そのため、高齢で痛みを強く訴える者に対しては投薬状況の把握・確認、物理療法などを適宜行っていくことが必要であろう。また、転倒骨折後の高齢者に対し、身体機能向上を中心としたプログラムだけでは自己効力感に関して大きな改善がないことや周囲の過剰な注意は対象者の自信を失わせるという報告もあり今後、留意すべき点といえる。以上のことより、転倒骨折後の高齢者に対し身体機能向上だけでなく様々な環境、実生活を想定した課題を行い成功体験を通じて対象者の自己効力感を高めていくことが重要と考える。
●参考文献
1)Hill KD,Schwart JA,Kalogeropouls AJ,et al.:Fear of Falling Revisited.Arch Phys Mesd Rehabil,1996,77(10):1025-1029.
2)近藤 敏,宮前 珠子,石橋 陽子,堤 文生:高齢者における転倒恐怖.総合リハ 27:775~780,1999.
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4)村上 泰子,柴 善崇,渡辺 修一郎,大渕 修一,稲葉 康子:地域在住高齢者における転倒恐怖感に関連する因子.理学療法科学 23:413~418,2008
5)高井 逸史:注意課題を伴うバランス練習が転倒恐怖感に及ぼす影響‐転倒歴のある要介護高齢者を対象に‐.日本老年医学会雑誌 47:(3),2010
6)宮原 拓也,山口 賢一郎,坂上 昇,加藤 宗規,野北 好春,勝木 員子,磯崎 弘司:在宅高齢者における転倒に関する内的要因の同時検討.PTジャーナル 5:407~413,2011
7)灰方 淑恵,樋口 由美,奥田 邦晴,元村 直靖:転倒骨折後に手術治療を受けた高齢者に対する認知行動療法的介入の試み-理学療法実施における転倒恐怖感軽減の有用性.J Rehabili health Sci(5):31-37,2007