高齢者の歩行中の床反力前後成分には下肢のどの関節運動が影響を及ぼしているか?
高齢者の歩行速度は,筋力,バランス,日常生活活動の自立度,転倒のリスクと関連があり,高齢者の身体機能と動作能力を表す指標となる.歩行速度を上昇させるためには,床反力前後成分の大きさを増加させる必要がある.高齢者は,歩行中の床反力前後成分の大きさが減少し,それにより歩行速度が低下する.また,高齢者の歩行の運動学的分析では,立脚期中の股関節,膝関節,足関節角度が減少し,下肢関節の角度変化量が減少することが示唆されている.しかしながら,高齢者の歩行中の床反力前後成分の大きさに対する,下肢関節角度変化量の影響を報告したものは見当たらない.そこで,我々は,高齢者の歩行中の床反力前後成分の大きさに対して,下肢のどの関節の角度変化量の影響が大きいか目的に研究を行った.
対象は,65歳以上の高齢者40名と20歳代の若年者20名であった.高齢者と若年者のそれぞれの群で,男性と女性は20名ずつであった.歩行中の関節角度は,3次元動作解析装置VICON MXを使用して計測した.得られた関節角度から,立脚期中の股,膝,足関節の関節角度変化量を算出した.歩行中の床反力前後成分の大きさは,8枚の床反力計を用いて計測した.後方成分と前方成分の大きさは,体重で正規化した後,それぞれの成分の面積で示される力積値を算出した(図1).得られた値から,歩行中の床反力前後成分の大きさに対する,下肢関節角度変化量の影響を男性高齢者,女性高齢者,男性若年者,女性若年者のそれぞれの群で分析した.
本研究の結果,男性若年者は,床反力前後成分力積値に対して,股関節,膝関節,足関節運動が影響を与える要因であったのに対して,男性高齢者は膝関節運動のみが影響を与える要因であった(図2)。これらのことから,男性高齢者は,膝関節運動に依存した床反力前後成分の制御を行っており,男性は加齢に伴い,股関節と足関節機能が低下することが示唆された.また女性の若年者と高齢者は,主に膝関節運動が影響を与える要因であった(図3).それに加えて,女性若年者は床反力後方成分力積値に対して,足関節底屈角度変化量が影響を及ぼす要因であった(図3).このことは,男性が加齢に伴い,股関節,膝関節,足関節の組み合わせから,膝関節運動の依存に移行するのに対して,女性は若い年代から膝関節運動に依存した床反力前後成分力積値の制御を行っていることが推測された.また女性は,加齢とともに歩行時の衝撃吸収を足関節底屈運動と膝関節伸展運動の組み合わせから,膝関節屈曲運動のみに依存することが明らかとなり,加齢に伴い足関節機能が低下することが示唆された.
以上のことから,男性高齢者の歩行の加齢変化に対しては,足関節と股関節の機能に着目した運動療法の開発が必要であることが示唆された.また女性に対しては,若い年代から股関節機能を向上させ,さらに加齢変化に対しては足関節の機能を維持向上させるための運動療法の開発が必要であることが示唆された.